
今年のノーベル生理学・医学賞の受賞が決まった坂口志文・大阪大特任教授には、大切にしているものがある。研究室の本棚に置いている白い陶製のネズミの置物だ。陶芸が趣味だった亡き母淑子さんが手作りし、坂口さんに贈ったものだという。
免疫の仕組みを解明する基礎科学に取り組んできた坂口さんは、多くの動物実験を重ねた。マウスから取り出したT細胞のうち、8割を除いて戻すと、免疫が暴走する自己免疫疾患のような症状が起きることを確認した。8割のT細胞の中に、免疫を抑える細胞がある可能性を示す実験だった。

さらに免疫のブレーキ役を担う「制御性T細胞」の存在も実験で確認した。数多くのマウスの命があったからこそ生まれた研究成果と言える。
坂口さんは過去の取材時、置物を手のひらに乗せ、「若い頃は良いデータを出したいと思い、マウスをいっぱい殺してきた。母から『殺生をあまりしてはならない』と戒められたのかなと思っている」と語っていた。

坂口さんによると近年は、実験動物であっても必要以上に使うべきではないという動物福祉の考え方が浸透し、重要な実験に限定して使うようになっているという。
ノーベル賞の知らせを心待ちにしていた淑子さんは昨年1月、老衰のため104歳で他界した。数々のメダルや賞状、文献が並ぶ本棚から、息子の活躍を見守っているのかもしれない。【永山悦子】
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