最終電車に乗ってはしゃぐ若者たちを、左の子供が冷めた目で見る?=福岡市東区の九大(当時)周辺で1979年2月10日、中村琢磨撮影
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 「あんたの写真は、何十年前も今も大して変わらんね!」

 しばしば“お褒めの言葉”をいただきます。つまり「ちっとも進歩しない」ということですね。だったら、堂々と、半世紀近く前の写真を見せましょう。写真の進歩はなくても、ほら、写り込んだ風景が今と全然違うでしょ。大都会のど真ん中のデパート屋上に観覧車なんて昭和そのものです。貴重でしょ!【中村琢磨】

背後には西鉄福岡駅や岩田屋デパート。屋上には観覧車も見えます=福岡市中央区の天神周辺で1978年11月23日、中村琢磨撮影
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 福岡市内の路面電車「西鉄福岡市内線」は1910年の開業からどんどん路線を拡大し、市内を縦横無尽に走り回りました。でもモータリゼーション(車社会化)という時代の波に勝てず、最後は道路の邪魔者扱い。70年代に入ると、段階的に廃止・縮小が進み、79年2月に全廃になりました。

 最後まで残ったのは、循環線(道路併用区間)と貝塚線(専用軌道区間)です。相変わらず、なくなる直前にちょこちょこっと撮影しただけですが、今は存在しませんから「貴重な記録」だと自慢しましょう。

国鉄博多駅前の標語が書かれた看板にも、時代を感じますね=福岡市博多区で1979年2月4日、中村琢磨撮影
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 実は私、大都会の福岡市に住んだことがないので、福岡市電を生活の足として利用した経験はありません。よそ者として身勝手に撮影しただけです。なので被写体への愛がこもっているとは、とても言えません。

 だって今回“発掘”するまで私は「撮りっ放しのパナシ君」で、フィルム自体に見向きもせず、何を撮影したのかうろ覚えでしたからね。でも画像を見たらさまざまな記憶がよみがえってきました。写真って、すごいな!

撮影機材

撮影に使用したNikon Fの同型機=中村琢磨撮影
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Nikon F ニッコール50mmF1.4、同135mmF3.5

 当時の機材は天寿を全うしたため、写真は同型機です。ストラップの付け根にさびが目立ちますね。でもちゃんと動きますよ。この連載の「『機械遺産』で撮るモノクロームの味わい」やアーカイブ写真を紹介する回にも登場しました。

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