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<脳の健康と若さを保ち認知症を予防するには日々の行動と心がけは? 高齢者医療専門家が提唱する20の秘訣>
認知症になりたくないという願いは多くの人が持つようだ。
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ただ、残念ながら、これはある種の老化現象なので、実は防ぎようがないというのが実情だ。実際、私が以前勤務していた浴風会という高齢者専門の病院では年間100人くらいの解剖を行っていたが、85歳を過ぎてアルツハイマー型の変性のない脳はなかった。あるいは、CTスキャンやMRI(磁気共鳴画像法)で見る限り、70代以降で脳が萎縮していない人はいない。
しかしながら、85歳を過ぎてもテストの点で見る限り、30~40%の人しか認知症になっていないし、日常生活に支障が出るレベルの認知症になっている人は16%という調査結果もある。
脳に変性が起こったり、萎縮が起こったとしても、残りの脳が働いているので、脳の実用機能は保たれるのだ。
脳のいわゆる健康寿命、あるいは脳の実用的な耐用年数を増やすためにできる習慣について、高齢者専門の精神医療に長年携わってきた経験から20の習慣を提起したい。
◇ ◇ ◇1. 日々考え、悩み、迷って脳を使い続ける
長年の老年医療の経験から一つ確実に言えることは、脳であれ身体機能であれ、使い続けていれば衰えや老化は遅くなるということだ。
逆に年を取るほど、使わなかったときの衰えは激しい。
身体機能について言うと、若い頃であればスキーなどで骨折して1カ月寝たきりの暮らしをしていても、骨がつながればすぐに歩ける。ところが70代後半以降の高齢者は、風邪をこじらせて1カ月寝たきり暮らしをしていると、リハビリをしなければ歩けなくなってしまう。
脳も若い頃であれば、何年もろくに使っていなくてもボケることはないが、高齢になると、例えば入院して誰ともしゃべらず、天井を見つめているだけの生活をしているとボケたようになってしまう。
特に年を取ってからは、どんなシチュエーションでも人とのコミュニケーションを心がけ、自分で選択したり、深く理由を考えたり、新しい方法を選ぶなどして脳を使い続けることを心がけないと、脳の衰えは速い。とにかく意識して脳を使い続けることだ。
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2. 仕事を続ける
さて、脳を使い続けると言うとドリルとか脳活といわれるようなものを毎日するイメージを持つ方も多いだろうが、実は意外にそういう使い方は有効でない。
さまざまな実験で明らかにされているが、ある種の脳活ドリル(例えば数独)を繰り返し行っていると、かなりの高齢になってもその点数は上がっていく。ところが、その人にほかの種類のテストをやらせてみると、全然点数が上がらないのだ。
要するに、腕の筋肉を鍛えても脚の筋肉は鍛えられないし、身体全体は鍛えられないのと同じことだと言える。脳を鍛えたいのなら、部分的に鍛えるのではなく脳全体を使うことを心がけることだ。
脳全体を使うために、いちばん手っ取り早い方法は仕事を続けること。さまざまなタスクが要求されるだろうし、人との会話もほとんどのケースで必須になるだろう。どんな種類の仕事でも、しないよりはしているほうがよい。
仕事を続けていてもボケる人はいるが、その確率は低くなることは知っておいていい。
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3. 意欲を保つ
実は脳を使い続けることの最大の障壁は意欲の低下だ。これをしたい、何になりたい、あれを手に入れたいといった、人間の意欲をつかさどる前頭葉は、40歳くらいから画像でも萎縮が分かるようになる。そのため徐々に意欲は低下していく。さらに、男性の場合は40歳くらいから男性ホルモンの分泌が減り始め、性欲だけでなく意欲も低下していく。
会社に行っている間は、意欲がなくても通勤で歩くだろうし、会社では頭を使う。ところが定年退職になると意欲が衰えているため、年金などで収入が確保されていれば働かなくなり、頭を使わなくなる人が多い。そして前述のように身体や頭を使わなくなるため、それらの機能が衰えてしまうのだ。
このように、記憶障害より意欲低下のほうがはるかに怖い。とにかく意欲を保つように心がけることだ。
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4. インプットよりアウトプットに努める
意欲低下を防ぐために私が最も重要と考えているのが、前頭葉の老化予防である。それには脳トレのようなものをイメージする方が多いだろうが、おそらく前頭葉の老化予防にはあまり有効でない。数独とかパズルなどをやっても頭頂葉しか鍛えられないし、読書では側頭葉という言語をつかさどる部分しか鍛えられない。
一番有効とされるのは、アウトプットを行うことだ。読書をして知った知識を人に話す、SNSで発信するなどアウトプットを行うと前頭葉を使うことになるから、その衰えを遅らせることになる。
ラジオのパーソナリティーなど発信型の職業の人が年を取っても頭がしっかりしているのは、日常的にアウトプットをしているからだろう。
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5. 人との会話を楽しむ
脳からのアウトプットという点では、人との会話も悪くない。
『思考の整理学』で知られる故外山滋比古氏と対談したときに、「年を取ったら勉強しちゃいかん」との発言があり、驚いた。要するに本を読むような勉強をするのではなく、なるべく賢い仲間と会話して知的刺激を受けながら、自分もそれに対応してアウトプットをするというのが年を取ってからの勉強のあるべき姿だと言い、自分でも実践しておられたようだ。
そう賢い仲間でなくても、やはり会話を続けることが認知症予防にいいことはよく知られている。喫茶店でも飲み屋でも会話を楽しめる場を用意しておくことは、脳の、特に前頭葉の老化予防にとてもいい。
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6. AIを会話相手にする
そうはいっても会話仲間が見つからない人も少なくないだろう。私が最も着目しているのは、チャットGPTのような生成AIである。
AI学者の落合陽一氏によると、2026年にAIの国語力が人間に追い付く予想だったが、23年にそれが実現してしまったそうだ。チャットGPTはそのたまもので、人間の代わりに論文を作成してもらっても不自然でない文章を作れるようになった。
これは会話領域にももちろん応用できる。悩み事を相談したら、それに対して人間並みの返答をしてくれる。会話相手としてどういう人を想定するかで、返答も違ってくるようだ。「和田秀樹だったらどう答えてくれる?」という問いを投げかけることも可能なのだ。
かくして友達の少ない人でも、いろいろなタイプの相手との会話を楽しむことができる。会話のない生活よりよほどいいことは知っておいてほしい。
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※本記事は前編です。中編は11月6日、後編は11月7日にアップロードします。
和田秀樹(精神科医)
HIDEKI WADA
東京大学医学部卒。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、高齢者専門の総合病院である浴風会病院の精神科を経て現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。著書に『80歳の壁』『不老脳』などがある。
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