巣穴からひょっこり顔を出したミナミギンポ。ほほえんでいるような表情がダイバーに人気だが、実は……=和歌山県串本町で、三村政司撮影
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 「ミナミさん(ちゃん)」といえば、皆さんは誰を、あるいは何を思い浮かべますか?俳優の浜辺美波さんのほか、諸先輩方がよくご存じの南沙織さんでしょうか。10代の間では、ユーチューバーでインフルエンサーのMINAMIさんが人気らしい。

 私にとってアイドルのミナミちゃんは野球アニメのヒロインですが、ダイバーが「ミナミちゃん」と呼ぶのは、この「ミナミギンポ」でしょう。笑顔がステキな人気者です。

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 ミナミの名がつく海産魚類は、ミナミイスズミやミナミクロダイ、以前この連載で取り上げたミナミハコフグなど30種以上。

 甲殻類にも、ミナミテナガエビやミナミコメツキガニ、ミナミツノヤドカリなど、たくさんの種類がいます。海獣でもミナミハンドウイルカがいますね。

 似た同種と区別するため、南の種という意味で使われています。

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 ミナミギンポは繁殖期だと遊泳していることが多いものの、たいていはサンゴや岩肌にできた穴を巣として利用し、頭部だけを出しています。正面から見ると、白色の線模様が目の上下に放射状に延びて口が下向きについているのが特徴です。口角が上がったその表情は、にっこり笑っているよう。

 最長で12センチになるものの、顔の大きさは1センチ以下。細長い体です。

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 ニコニコした顔を出して愛想を振りまいているように見えます。でも実はこれ、仮面に隠した悪魔のほほえみなのです。本性は、他のサカナのヒレやウロコを、早業でかじり取るどう猛な肉食魚。小さく弱々しい姿なのに。

 笑顔にだまされ痛い目にあったサカナも多いことでしょう。私もそんな場面を見てみたいのですが、穴の中で様子をうかがいつつ、近くを通りかかったサカナを襲う。そして、そしらぬふりで帰ってきて、またにっこり。次の「獲物」を待つ、のです。

 笑顔にだまされ、ふらふらと様子を見に行った悪質な飲食店で、高額被害にあった酔客のようなものかもしれません。

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 ホンソメワケベラそっくりに擬態した幼魚は更に、たちが悪いです。

 ホンソメワケベラは、根と呼ばれる岩などの周囲で、さまざまなサカナに付いた寄生虫や古い皮膚を食べて掃除することをなりわいとしています。どう猛な大型肉食魚にとっても欠かせない存在。肉食魚の間にも「食べてはいけない」という不文律があるのでしょう。他のサカナに襲われることはありません。

 ミナミギンポの幼魚は、このホンソメワケベラのふりをして相手がケアを受けようと油断している隙(すき)に、まんまとヒレやウロコなどをかじり取ってしまうのです。

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 笑顔が魅力的とか、仮面の下の本性は恐ろしい、などというのはヒト目線の勝手な言い分ですね。彼らは自然の体系の中で、戦略を駆使して懸命に命をつないでいます。でもこんなふうに見てみることで、興味が深まる一面もあるのではないでしょうか。

 もちろん、魅力的なヒトの「ミナミちゃん」たちとは無関係ですよ。(和歌山県串本町で撮影)【三村政司】

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