パリの和食店「團」の松花堂弁当(撮影=筆者)
<コロナ禍、家賃高騰、人手不足で18年続けた串揚げ店を閉じた鵜飼修さんの新たな挑戦>
昨夏、パリに新しい和食店「團 Dann」がオープンした。料亭やおにぎり専門店から和菓子屋まであらゆる日本の味が楽しめるパリにおいて、「松花堂弁当」を出す初めての店だ(店内食は昼のみ。昼と夜の持ち帰りは注文)。高級弁当に特化したこの店の料理人兼オーナーは、鵜飼修さん(55歳)。鵜飼さんは團をオープンさせる直前まで、パリで串揚げ専門店「修 Shu」を営んでいた。約18年もの長期に渡って高評を得ていた串揚げ店をやめ、新しい道を切り開こうと決断したのはなぜなのか。パリでお話を伺った。
美しき松花堂弁当、旬の食材で作る「口福」
昭和初期に考案された格式高い松花堂弁当は、十字に仕切られた弁当箱に料理が盛られている。日本の弁当は見た目がよいのが基本だが、松花堂弁当の美しさは格別だ。
祝い事に最適で、鵜飼さんも「誕生日や記念日などのお祝いに召し上がっていただければ。おいしいものは口福を運んでくれますので、祝い事でなくても、普段の生活で自分や家族へのご褒美にもおすすめします」と話す。
鵜飼さんの作るお弁当を店のサイトで事前に見ていたが、実際に目の前に出されると、その華やかさに、思わず声を上げた。煮物、酢の物、厚焼き玉子、鴨ロース、鯖寿司がキッチリと詰まった八寸(海の幸と山の幸)、新鮮な刺身3種類、 銀ダラの西京焼き、鵜飼さんの十八番の揚げ物(シイタケのエビ真丈詰め、栗のベーコン巻き、蓮根肉詰めなど)は、見ているだけで気分が盛り上がる。そのあまりに凝った内容に、失礼ながら「本当に作っているのですか」と尋ねてしまった。
調味料は主に日本産で、カツオ節はフランスで作られているものを使っている。食材は旬のものばかり。野菜の調理はシンプルにとどめ、その分、素材の味を生かす。それには食材の質が大事だが、地場ものを中心に、ワインの産地としても有名なフランスのロワール地方で日本人が作っている日本の野菜(例えばミョウガやキュウリや水ナス)や、新規に提携した八百屋から和食にはあまり使わないイタリア品種も仕入れている。
「日本の野菜が常時揃うわけではないので、目の前の素材を全体のバランスを考えて味付けしています。焼き魚や揚げ物もどんどん開拓する予定です。銀ダラの西京焼きは人気なのでしばらくは続けますが、今後は少し変えていきます」とのことだ。

料理の背景を伝える――味を深めるコミュニケーション
團の松花堂弁当は、実はプラスアルファがある。お弁当の前に、小鉢、小皿、蒸し物の3品が付き、最後にデザートも出てくるのだ(全部で48ユーロ、約9,000円)。パリの平均的なランチ定食より少し値は張るが、このボリュームと味なら決して高くないのではないか。
オープンして半年ほどで、リピーター客が非常に多いというのも納得だ。私も実際に食してみて、たいへん好感をもった。久しぶりにハイレベルな和の味を体験したため、張り切って自分で和のおうちごはんを作ったり、スイスの和食レストランで食事しても、つい比較してしまい、「團の松花堂弁当コースが恋しい」とさえ感じてしまう。
松花堂弁当コースがおいしいと感じられたのは、鵜飼さんが料理の説明をしてくれたからでもある。取材で伺った私だけにではなく、どの客に対しても説明しているという。
「こういう料理です、と言葉で伝えることは大切だと思っています。何を食べているかがわかると何かしら発見があるでしょうし、特に外国の方たちは料理のコンセプトについて聞くのが好きですし。といっても、お食事の雰囲気を壊さないよう事細かにではなく、さらりと説明します」
調理服を白衣にしなかったのも、いかにも料理人だということを示すのではなく、客との距離を縮めて親近感を抱いてもらいたいからだという。なお、料理の説明は各テーブルでのデジタル版(QRコードのようなもの)の開発も考えているそうだ。当面は英仏日本語で、他の言語も増やしていきたいという。

客とのコミュニケーションは、パリで和の飲食店を経営していくうえでは必須事項だと鵜飼さんは言う。
「昔と違って手続きなどの情報も手に入り易いので、度胸があれば店を出すことは案外簡単かと思います。パリの和食店は僕も把握しきれないほど増えて競争は激しいですが、真剣に取り組めば固定客は増えていくでしょう。でも、日本では味で勝負という面もありますが、パリではなぜおいしいのか、どういう背景があるのかをしっかりと伝える言語力・コミュニケーション力がないと、うまくいかないでしょうね」

コロナ禍と家賃高騰、人手不足――新たな道への決断
松花堂弁当コースは串揚げよりも作業が細かく、献立作りにもより時間がかかるが、鵜飼さんは「すごく楽しいです」と声をはずませる。
鵜飼さんは子どもの頃から調理や料理に興味があり、飲食店でのアルバイトにも励んだ。20代の頃には伯父が長年支配人を務めていたタイのバンコクの高級料亭であらゆる業務を手伝い、日本から来ていた超一流料理人たちの仕事を間近で見たり、調理も経験した。日本に戻り、小さな料亭で修業を積み、パリの本格的な和食の店「円 YEN」で働く誘いを受けて渡仏した経歴をもつ。その後、1人で旗揚げしたパリ初の串揚げ店(席数30)はずっと好調だったものの、別の料理を提供する店を作るアイデアが少しずつ芽生えていった。
最大のきっかけは、2020年に始まったコロナ禍だったと鵜飼さんは振り返る。
「パリはロックダウンが実施されて、店を開けられない事態になりました。従業員の給料は保証されたのですが、最初の予定では経営者に対して一切保証がなく、少ない売上金から経費を払っていました。危機感が募り、持ち帰りのお弁当を売ろうと思ったのですが、店内の飲食とは営業形態が違うのでとても迷ったんです。例えば弁当箱は数百個単位でのまとめ買いが必要です。お弁当を始めてすぐにロックダウンが終わる可能性もあって、損するリスクがありました。結局、出費を工夫することで作ったのが、他の店にはなかった松花堂弁当風の贅沢なお弁当でした。それがとても好評で、店が通常の営業に戻ってから、あのお弁当はよかった、また食べたいという声をたくさんいただいたのです」
家賃の上昇も店じまいする一因となった。パリでは3、6、9年契約が多く、更新時に大幅な値上げが要求される。開店18年が経とうとしていた串揚げ店も例外ではなかった。光熱費も驚くほど高くなり、食材の値も上がり、もっと小さい店にしようと考えたという。
また、調理補助や給仕を確保することも難しくなっていた。日本人の留学生が相当減り、どの店も人手の確保に四苦八苦していた。小さい店なら自分だけで、または妻や子どもたちに助けてもらって続けられると考えた。
もう1つの大きな理由は自身の健康維持だった。夜営業の串揚げ店では就寝が深夜2時半という生活だったが、鵜飼さんは本来朝型人間で、体に馴染まないという感覚が常にあったという。
「自分が作った和食をたくさんの方たちに食べていただけることに、やはり喜びを感じます。自営業に定年はないので、できる限り長く働くことを考えて、朝型に切り替えるなら今がチャンスだと思いました。新しい生活リズムになって、すこぶる快調です」

今も料理の研さんを重ねる
店内では、寿司松花堂弁当コースと和牛松花堂弁当コースもある。持ち帰り弁当は現在5種類(肉なし、グルテンフリーのパン粉使用なども対応可)。持ち帰り専門店という選択肢もあったが、「店内で皆さんにご満足いただいて信頼を得て、その上で、家で食べるお持ち帰り弁当もおいしいねと言っていただける形が自分の理想というか信念です」とのことだ。
ソーシャルメディアでの宣伝はまだあまりしていないが、夜の貸し切りも多くなり、おせち料理の注文もあったりと忙しさは増している。昔は調理の仕方を先輩から必死に聞き出したり、本を読みまくって学んだが、今は様々な料理人のユーチューブ動画を見て、技法や料理哲学のインプットを重ねている鵜飼さん。
「自分が学んだやり方に固執するよりも柔軟な心構えでいる方が楽しいですし、成長も成果もあると思っています。いろいろなアイデアが次から次へと浮かんでいるので、團がどういうふうに発展していくかが自分でも楽しみです。2025年はまさに怒涛の1年でしたが、今年は、すべての点で納得いく仕事をしたいですね。引き続き健康に留意したいので、オフの日にはしっかりと休むことも目標の1つです」と展望を語った。
[執筆者]
岩澤里美
スイス在住ジャーナリスト。上智大学で修士号取得(教育学)後、教育・心理系雑誌の編集に携わる。イギリスの大学院博士課程留学を経て2001年よりチューリヒ(ドイツ語圏)へ。共同通信の通信員として従事したのち、フリーランスで執筆を開始。スイスを中心にヨーロッパ各地での取材も続けている。欧米企業の脱炭素の取り組みについては、専門誌『環境ビジネス』『オルタナ(サステナビリティとSDGsがテーマのビジネス情報誌)』、環境事業を支援する『サーキュラーエコノミードット東京』のサイトにも寄稿。www.satomi-iwasawa.com
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