小説家・宇野碧の回り道しかしていない

 ギョーザを包むのが苦手だ。ちまちまとした作業が苦痛で、手先も不器用なので包み方も下手。一度、ギョーザが食べたくてタネを作ったものの、直前になって包むのがあまりにも嫌になり、タネをすべてパウンドケーキ型に詰めてオーブンで焼きミートローフにしたこともある。

 ギョーザは食べたし、包みたくなし。そんな私の近所に、「私、ギョーザを包むのが大好きなの!」というすばらしい人がいた。「作る時は包むからぜひ呼んで!」という福音のような言葉に甘え、いつもお呼びだてして、彼女とうちの家族合わせて5人分80~100個を包んでもらい、その後一緒に食べるということをずっとやっていた。

 彼女は好きというだけあって包むのが驚異的に上手で、まるで専門店のような完璧な造作で、ひとつひとつの出来にムラもなく均一だった。

 ところが、今年うちの家族は引っ越しをした。以前の場所から20キロほど離れた。彼女は車を持っていないので、気軽に呼ぶこともできなくなってしまった。以後、ギョーザが食べたい時はもっぱら冷凍になっていたのだけれど、たまには手作りで自分の好きな味にタネを作って食べたいなあ、と思っていた。

 そんな時、引っ越してきた地域の集まりがあり、公民館で料理をする機会があった。その日作るメニューの中にギョーザがあり、同世代のママと一緒に包む作業を始めた。数個包んですぐに、あまりの自分の下手くそさに気が滅入(めい)った。苦手だからとずっと人に任せていたので、さらに包む技術が退化していたのだ。

 そんな私は、ふと彼女の手元を見て目を見張った。驚異的に上手なのだ。美しく均一なヒダ。クロワッサンのようなきれいな湾曲。しかも作業が早い。まるで機械で包んだかのように完璧な形のギョーザが、次々と量産されていく。

 「すごい! ギョーザ職人やん」「私、昔ギョーザ屋で働いてたから」「そうなん?」「うそ」「なんでうそつくねん」「仕事してたことはないけど、ギョーザ包むのは大好き」

 私は心の中で叫んだ。逸材を見つけた!

 「私は包むのめちゃくちゃ苦手で、前は近所に包みにきてくれる人がいたんよ」。おそるおそる切り出すと、「えー、私好きやし得意やから包むよ。ギョーザの時は呼んで。2家族合同でギョーザパーティーやろうよ」とのお言葉が。包んでくれる人の再来である。

 誰かの嫌いな作業は誰かの好きな作業。誰かの苦手なことは誰かの得意なこと。そんな世界の仕組みに感動する。

 どこへ行ってもギョーザを包んでくれる人に恵まれて、私は本当に幸運な人間だと思う。

 うの・あおい 1983年神戸市生まれ。和歌山県すさみ町在住。2022年に「レぺゼン母」で第16回小説現代長編新人賞を受賞。最新刊は「アンダーザスキン」(講談社)

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