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<AIが打破する「ステージ分類の限界」と手術の最適解について>

かつて腕一本の「職人芸」だった手術。しかし現在、ロボットとAIを味方につけて、外科医療は急速に姿を変えている...。

がん治療の最前線に立ち続けてきた現役外科医が「手術の進化」と次の一手を描いた話題書『変革する手術 「神の手」から「無侵襲」へ』(角川新書)より、第5章「メスのない未来の手術」を一部抜粋編集・転載。


「AI外科」の創設

AI手術(AI Surgery)とは何だろう。ロボット手術が思い浮かぶが、僕たちの定義はもっと広い。現代の手術では、「ただの電気メス」にも、組織の抵抗を瞬時に感知し最適な電流を出力できる、精密な計算・制御システムが備わっている。

内視鏡や蛍光イメージングの画像処理もしかり。このような情報処理技術を少しでも使う手術――つまり、普通の手術――はすべて「AI手術」の範疇に入る。

例えば、肝臓外科医としての経験から、「このがんのCT像は真ん丸で、性質がおとなしそうな形をしているから、切除すれば根治できるだろう」と判断した患者が、実際は早期に再発してしまう。それをAIは言い当てるのである。

逆に、「これはゴツゴツした形だし、血液検査の腫瘍マーカーも高めだし、切除しても再発しそうだな」というニンゲンの心配をよそに、患者が手術後に長期間再発しないことを、AIが予測することもあった。

末恐ろしいのは、AIの関心領域を推定するヒートマップを表示すると、そのピークは必ずしも腫瘍のあたりではなく、全然違う場所に集中していることがある点。一体、AI予言者は何を見ているのか?

「がんステージ分類」の限界をAIで打破する

僕がこのAI予測技術で打破したいのは、現行の「がんステージ分類」だ。この規則では、腫瘍の大きさと深さ(T因子)、リンパ節転移の数や範囲(N因子)、そして遠隔転移の有無(M因子)に基づいて、がんの進行度がステージⅠからⅣまで分類される(がんが上皮に留まるステージ0を含めることもある)。

膵がんでT4N1M0ならステージⅢ、という形だ。「どういうTNM因子の組み合わせが、ステージのいくつに相当するか」は、データベースなどで多くの患者の治療成績を収集して、ステージⅠからⅣまでの結果が「きれいに分かれるように」、がんの種類別に決められている(治療の進歩で成績が変わるので、一定期間で更新される)。


現在は患者の治療を決定する時、このステージ別の数値を参照するのが一般的である。例えば、「あなたと同じステージⅠの場合、手術後の5年生存率は80%だから切除が推奨されます」「ステージⅣだと10%しかないから手術以外の治療がよいでしょう」というように。

しかし、実際はステージⅠでも再発する患者はいるし、ステージⅣに分類されても治癒する場合が稀ならず存在する。まさに千差万別のがん病態をたった4つの分類に押し込めて判断しているのは、これを超える知恵が今のニンゲンにないからである。

もし、全知全能の神が診察室にいたら、「あなた」が手術を受けた場合に5年後に生きているか、早期に再発してしまうか、正しく言い当てるはずだ。

AIなら、その領域に近づけるかもしれない。できるだけ多くの患者から、最大限の情報――年齢や性別、家族歴、生活歴、既往歴、血液検査、画像検査、生検組織の病理診断あるいは顕微鏡写真、遺伝子発現、さらには腸内細菌の種類など――をインプットし、術後成績との関係性を学習させる。

このようにして構築された予測式に、「あなた」の情報を入力すれば、手術をした場合にどうなるか、手術をしなかった場合はどうか、今よりもはるかに正確に言い当てることができるだろう。その時、ステージ分類による治療の標準化は意義を失うに違いない。

「手術の標準化」というキーワードも現在の流行だ。例えば「左肝切除」という術式を、皆同じやり方で進めましょう、という方向性である。しかし、これも僕は好きではない。

確かに、若手が手術をマスターするには標準的なやり方を知っておくことが重要だし、医療チームで方法を共有できれば効率が良くなる。

しかし、がんを治すという観点で見ると、個々の患者でディテールが違ってしかるべきだ。同じ血管を切るにしても、どのレベルで、どの順番で処理するか、最適解は毎回違う。今は外科医の「センス」の範疇だが、AIが手術を学べば、「今回はどういうやり方の左肝切除がベストか」導いてくれるかもしれない。


手術は、抗がん剤と違って、患者だけでなく医療者(=外科医)の要素が結果に影響しうる治療手段だ。先のデータベースに、術者の情報も追加する。そうすると、AIは「石沢医師が執刀した場合は生存率70%、ただし後輩が執刀すると確率が5%上昇します......」なんてことも言いだすかもしれない。

いや、もしかするとそれは杞憂で、実は完成した計算式に占める「外科医ファクター」の重みは限りなく少ない可能性もある。どちらにしても残念ではあるが。


石沢 武彰(Takeaki Ishizawa)
大阪公立大学 大学院医学研究科 肝胆膵外科学教授。1973年東京都生まれ。千葉大学医学部卒業後、肝臓手術の権威である幕内雅敏教授の手術を学ぶべく東京大学医学部肝胆膵外科に入局(同大学院修了、医学博士)。パリで腹腔鏡手術の奇才ブリス・ガイエ教授に師事。がん研究会有明病院などを経て、2022年4月より現職。編著書に『完全図解 病院のしくみ』(講談社健康ライブラリー・編著)、『手術はすごい』(講談社ブルーバックス)など。


 『変革する手術 「神の手」から「無侵襲」へ』
 
 石沢武彰[著]
 角川新書[刊]

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