本来笑うべきではない場所で笑ってしまうのは「仲間」の存在が神経学的に大きな意味を持つという MICHAELHEIM/SHUTTERSTOCK
<礼拝や葬儀、会議といった「笑ってはいけない場面」でなぜ笑いは暴走するのか。その背後には、感情の衝動と理性の抑制がせめぎ合う、驚くほど複雑な脳のメカニズムがある>
私はあんなに笑ったことはない。教会での礼拝中、何か少しだけ変なものが目に入った。友人もそれを見て、彼女が笑い出したら最後、笑いが止まらなくなった。何年かたって何がそんなにおかしかったのか説明しようとしたが、その場にいた人でないと分からないようだ。
笑ってはいけない状況で誰かと一緒に笑い出したら止まらなくなるのは、どういう訳なのだろう?
ほとんどの人は覚えがあるはずだ。厳粛な場面。完全な静粛。些細な何かが一瞬目に入る。いつもならせいぜいくすっとする程度なのに、笑うまいとすればするほど笑いが止まらなくなる。
こらえようとしてかえって笑ってしまうのは宗教的な場面に限ったことではない。静粛と真剣さと自制が求められ、笑ってはいけない場面なら、どこでも起こり得る。
それはマナーが悪いとか空気が読めないというより、脳がプレッシャーの下でどう振る舞うかを物語っている。その科学的メカニズムは驚くほど複雑だ。
教会や法廷や葬儀など非常にフォーマルな場面では、脳は能動的な抑制状態(意図的に脳の活動を抑制するプロセス)で機能する。
最も関与している領域は脳の前方にある前頭前野で、この部分は思考や意思決定をつかさどる。特に内側部(ないそくぶ、左右に二分した際に見える面)と外側部(がいそくぶ、外側から見える面)は、社会的判断、行動の制御、感情の調節に関連する。感情が込み上げるのを止めるのではなく、感情の表出を抑制するのだ。
衝動と抑制のせめぎ合い
笑いの源は単一の「笑いの中枢」ではなく脳内の分散ネットワークだ。衝動は脳の外側から始まるが、感情的な衝動は感情をつかさどる大脳深部の大脳辺縁から来ている。
大脳辺縁系には、感情を処理し物事に感情的な重要性を割り振るアーモンド形の扁桃体と、心拍数や呼吸など自律的な身体機能を制御する視床下部がある。笑い出すと、脳幹(脊髄とつながる脳の基部)の回路が働き、表情や呼吸や発声を調節する。
その結果、笑いを止めようとしてもなかなか止まらなくなる。普通は前頭前野がこの反応を抑制し、場違いな笑いを抑制する。脳の興奮や共通の社会的合図によって制御が弱まると、自分の意図とは関係なく自律的・反射的に笑い出す。
言い換えれば、笑いたい衝動と笑いを止めようとする努力は脳の別々の部分で生じ、せめぎ合っているわけだ。
予期せぬものや奇妙なものを目にした途端、おのずと感情的反応が起きる。それを制御するプロセスは努力を要し、エネルギーを消耗し、失敗しやすい。長く御し続けなければならない場合はなおさらだ。
制御しようとすればするほど「スイッチ」が頭から離れなくなる。制御されて考えなくなるどころか繰り返し考える羽目になるのだ。
笑いは単なるユーモアへの反応ではない。神経学的には、感情的・身体的な緊張を解く調節反射作用もある。
制約のある環境では神経系のはけ口がほとんどない。あなたは動けず、話せず、体勢もあまり変えられず、不快感を伝えることもできない。
同時に自律神経系がわずかに活性化され、心拍数が上昇し、呼吸が浅くなり、筋肉の緊張度が高まる。
この組み合わせは感情の解放の閾値(いきち)を下げる。体はいつ何かを吐き出してもおかしくない状態だ。
共犯意識が拍車をかける
いったん笑い出すと、脳幹の自動運動経路が動員され、簡単には遮断できない。それで笑い出したら止められない気がするのだ。
多くの場合、笑いが止まらなくなるのは最初のスイッチではない。自分以外にも誰かが同じスイッチに気付いたときだ。

社会神経生物学が関係してくるのはここからだ。人間は顔のこわばり、呼吸の変化、抑えた笑顔など、わずかな社会的合図に非常に敏感だ。
私たちはこれらの合図を、大脳の側頭葉に位置する上側頭溝(他者の意図を理解するのに重要な役割を果たす)を含めたネットワークを通じて素早く処理する。自分が行動するときも他者の行動を見ても活性化するミラーニューロンも、これらの合図に気付く手助けをする。
誰かと一緒に笑うことは共感の表れだ。共通の認識は同時に2つの効果をもたらす。自分の反応が正しいという証明(「これは想像じゃない」)と「自分だけがルールを破っている」という罪悪感の払拭(「笑いをこらえているのは自分だけじゃない」)だ。
前頭前野の制御システムはさらに弱体化し、感情の伝染によって笑いが広がっていく。
こうなると最初のスイッチはどうでもよく、お互い相手が笑いをこらえようとする姿に笑いが止まらなくなる。
大抵こうした笑いのスイッチは視覚的な刺激だ。単語の間違った発音や予想外のフレーズも同じ反応を引き起こす場合もあるが、周囲が静かな場合は特に、視覚的なスイッチが強力だ。スイッチを切ったり話して紛らしたりすることはできず、笑いをこらえようとする限り、脳が何度もそうしたスイッチを再生できる。
一方、口頭でのスイッチは瞬時に共有されがちだ。笑い出すかどうかは社会的抑制の回復の早さ次第だ。
「場違い」な笑いは「無礼」「子供っぽい」と受け止められがちだ。しかし神経学的に見れば、社会的な生き物である人間に感情の抑制が続けば起きてもおかしくない。
脳はガス抜き無しでは抑制を続けられない。厳しく自制しているとき誰かが一緒なら、笑いがはけ口になる。だから止まらない気がするのだ。
もうあなたに「決定権」はない。(脳の)システムが決定権を握り、あなたは無力だ。

Michelle Spear, Professor of Anatomy, University of Bristol
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