
「FLOS(フロス)」は照明デザインの分野をけん引するイタリアのブランドだ。大きな大理石に弓なりの金属アームが取り付けられたフロアランプ「アルコ」は、ご存じの方も多いだろう。街灯にヒントを得たという、デザイナーのカスティリオーニ兄弟による創業初期の作だが、60年以上たつ今も生産が続く。
以来、大物デザイナーと次々手を組み、時代ごとに新たなデザインや技術も取り入れながら、モダンでどこか遊び心のある製品を世に送り続けてきた。今年は名物経営者ピエロ・ガンディーニさんが6年ぶりに復帰し、改めて注目されている。
フロスが生まれる前夜、1950年代後半のイタリアは、カスティリオーニ兄弟をはじめとする巨匠デザイナーが、モダンな家具を精力的に作っていた。62年に設立されたフロスが手掛けたのはそれらに合う、実用品ではなくインテリアとしての照明だった。

フロスはラテン語で花を意味する。設立当初は製品に花にちなんだ名前がついていた。例えばタンポポを意味する「タラクサカム」は綿毛を連想させる、白く柔らかな光を放つ照明。和紙のようにも見えるシェードは、金属フレームに樹脂を吹き付けるという当時の先端技術で作り、世間を驚かせた。
創業間もないころから会社を率いたセルジオ・ガンディーニ氏は、もとは家具を販売していたビジネスマン。「メード・イン・イタリー」のブランドとして、フロスを米国をはじめ各国で成功させた。MoMA(ニューヨーク近代美術館)の永久コレクションにも収蔵され、知名度を上げていった。そんなフロスを国際的なブランドとして躍進させたのがセルジオ氏の息子、ピエロさんだ。

幼少期からデザイナーに囲まれて育ったピエロさんは目利きで知られ、人をひき付ける魅力の持ち主でもある。96年に最高経営責任者(CEO)に就任し、イタリア以外のデザイナーとも次々と手を組んだ。
英国のデザイナー、ジャスパー・モリソンさんはその一人。98年に発売し、フロスの代表作の一つであるやや潰れた球体ガラス照明「グローボール」シリーズを手掛けた。
だが発売までにかかった時間は長かった。「デザイナーと価値観を共有し、長期的な関係を築くことが重要」と話すピエロさんは「(モリソンさんと)チェスや卓球をしたり、世界の将来について話したりする中で考えがまとまり、グローボールが生まれた」と振り返る。

吹きガラスでできたグローボールは、技術の高い職人が厚みが一定になるよう吹くことで、光がガラス全体に均一にともる。開発過程ではピエロさんも細かな仕様までこだわり、話し合いを続けたという。モリソンさんは「彼のようなダイナミックな経営者はまれだ。テクノロジー、マーケット、デザインを熟知している」と語る。「開発チームの仕事も高く評価している」というモリソンさんは、照明を出すときにはフロスと組むのを基本としている。
ピエロさんは新たなデザイナーの発掘でも知られる。今や各国で引く手あまたのデザインユニット、フォルマファンタズマの2人の元には「彼らが工業デザインを手掛ける前、まだギャラリーで作品を発表していた若い頃」(ピエロさん)に訪れた。「お互いのやっていることを愛しており、いつか一緒に仕事をしようと話をしていた」と言う。

しかしフロスは2018年、ファンドのもとで家具メーカーのB&Bイタリアなどと経営統合。ピエロさんも退き、ファミリービジネスのフロスの一時代が終わったかのようだった。
「ピエロ・ガンディーニが戻ってきた!」。今年1月、フロスB&Bイタリアグループの会長としてのピエロさんのカムバックはイタリアメディアをざわつかせた。「デザインに詩と自由を取り戻すことが急務」と表明する彼を、デザイナーらも大いに歓迎した。「さっそく一緒に打ち合わせをしたよ」とモリソンさんは話す。
今春の国際家具見本市「ミラノサローネ」のデザイン照明部門「エウロルーチェ」。フロスのブースはフォルマファンタズマの2人が設計した。
マイケル・アナスタシアデスさん、コンスタンチン・グルチッチさんらそうそうたるデザイナーによる新作の隣に、それぞれの製作過程などを記録した映像が流れ「プロダクトの背景からデザイナーの私生活までストーリー性を持って丹念に掘り下げてくれた」(ピエロさん)。
ブースには開場前から長蛇の列。アナスタシアデスさんの新作は、発光するガラス管を自由につなげて使えるつり下げ照明で、発想の新しさが高い評価を得ていた。

フォルマファンタズマ自身も、照明「スーパーワイヤー」を展示した。ガラスとアルミニウムでできた六角形のボディーに発光ダイオード(LED)ライトを入れており、ガラスへの反射光で明かりはより美しく見える。LEDはネジを外せば簡単に交換でき、サステナブルでもある。
メンバーのシモーネ・ファレジンさんは「経験豊かなフロスの開発チームとの仕事は充実している」と話す。技術の進化で幅が広がったLEDの中から求める色味などをじっくり探したほか、製品コンセプトの中には「彼らとのやりとりから生まれたものもある」。できあがった製品はシンプルながらエレガントなたたずまいだ。
再び指揮を執ることになったフロスのビジョンは、創業のころと変わらないとピエロさんは話す。「前衛的なオブジェの編集者として、光の技術的かつ詩的な進化に貢献していきます」。そのためにも「若いデザイナーとももっと繫(つな)がりたい。ただし出来上がった照明を持ってきて『一緒に作りたい』みたいな(一方的で、深く話し合う意志のなさそうな)人とではなく、ね」。
デザイナーと経営トップ、開発チームの3者の密な関係と情熱が、これからもフロスを支えていくだろう。
ライター 浦江由美子
佐田美津也撮影
[NIKKEI The STYLE 2025年8月24日付]

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