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<シャーロック・ホームズは脳を屋根裏部屋に例えていた。大量の情報を記憶し、必要なときに取り出す「独特の記憶方法」の身に着け方──>

今はなんでもスマホに記憶させられる時代だが、外部補助ツールに頼り過ぎると人間の記憶力は衰えるという研究結果があるそうだ。といって、全てを無理やり脳に詰め込むことも不可能だ。

効率よく記憶するにはどうすればよいのか。イギリスのノンフィクション作家ダニエル・スミスが執筆した『あらゆる問題を解決できる シャーロック・ホームズの思考法』(かんき出版)から一部抜粋して、記憶力を向上させる9つのテクニックと、身近な場所を活用して大量の情報を覚えられる記憶術を紹介する。

※第1回はこちら:名探偵シャーロック・ホームズの強み「水平思考」とは何か?...7つの難問でわかる「凡人と天才」の差

※第2回はこちら:「目を見開く」人は何を考えてる?...シャーロック・ホームズも駆使する「ボディランゲージ解読術」

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記憶には「感覚」「短期」「長期」の3種類ある

ホームズはずいぶん前の会話でも、すんなりと事細かに思い出し、何年も前の犯罪記事も覚えている。だが、そもそも記憶とは何なのか? 簡単に言うと、脳が情報をコード化して、あとから取り出せるように保管する方法である。

記憶の研究は日進月歩だが、正確なメカニズムの解明には至っていない。ただし、記憶にはいくつかの種類があることはわかっている。

●感覚記憶

 情報をキャッチしてから脳内にとどまる時間が1秒未満の記憶。たとえば、高速道路を走る車を見て、1台ずつ色を認識しても、数ミリ秒後には思い出せない。

●短期記憶

数秒から1分間とどまる記憶。健康な大人であれば、平均して4~7のアイテムをこの方法で記憶できる。電話番号を聞いてメモするときなどに用いる。

●長期記憶

広範囲の情報を脳内に保管する。子どものころの記憶が生涯保持されることもある。宅配ピザを注文する際に、電話を手にするまで電話番号を覚えておくのが短期記憶で、幼少時に住んでいた家の電話番号を何十年も覚えているのが長期記憶である。

記憶力を向上させる9つのテクニック

記憶力を向上させるには、大きく分けて2つの方法がある。手帳などの外部補助ツールと、メンタル・テクニックなどの内部補助ツールの活用だ。

外部補助ツールはうっかり忘れには役立つが、それに頼りすぎてしまうと不都合なこともある。毎朝、起きるために目覚まし時計をセットするのは問題なくても、何でもかんでもメモを取るとなると、うんざりする。面倒でたまらない。

外部補助ツールに頼りすぎると記憶力が衰え、メモなしでは機能しなくなるという研究結果もある。きわめて重要な長期記憶を鍛えるには、内部補助ツールをうまく使うのが効果的だ。そのためのテクニックを紹介しよう。

●身近なものと関連づける

新たな情報を自分にとって特別なものに結びつける。知り合い、応援するスポーツ・チーム、あるいは個人的な信念など、もう少し複雑なものでもかまわない。

シャネルN°5の香水が好きな女性と知り合い、クリスマスにプレゼントするつもりで覚えておきたい場合、5はあなたのラッキーナンバー? 学生時代のスポーツ・チームでつけていた背番号? 何でもいいから結びつけて覚えよう。

●イメージする

人の名前を覚えるのが苦手でも大丈夫。たとえばミスター・グラスを紹介されたら、グラス=透明とイメージする。次に会ったときには、最初にそのイメージが思い浮かび、難なく名前を思い出せるはずだ。

あいにく、誰もがイメージしやすい名前とはかぎらないが、自身の想像力に応じて自由にアレンジできるのが、この方法の利点だ。

●大声で言う

時と場所を選ぶが、大事な情報を何度も声に出すと、記憶に残りやすくなる。

●忘れそうになるたびに思い出す

ドイツの心理学者ヘルマン・エビングハウスが19世紀に発見した忘却曲線と学習曲線の理論。何年もかけ意味のないアルファベットの文字列を覚える時間を調べる実験を行って、最も効率的に記憶できるのは初回だということに気づいた。

回を重ねるごとに、覚えられる情報量は減るものの、記憶は固定されるため、復習の回数は少なくてすむようになる。したがって、新たな情報を覚えるには、最初は数秒後、次は数分後、その次は1時間後に繰り返せばよい。やがて、数年ごとに思い出すだけで、忘れずにいられるだろう。

●チャンク化

数字の並びや住所などを覚えるのに便利な方法。たとえば、12桁のクレジットカード番号"196674722199"を覚えるには、「1966」「7472」「2199」というように、かたまりに分けたほうが簡単になる。さらに、それぞれのかたまりに意味を与えれば、もっと楽に覚えられるだろう。

例:「1966」(イングランドがワールドカップで優勝した年)、「747」(ボーイング機)、「221」(ホームズが住んでいたベイカー街の番地)、「99」(楽曲:ロックバルーンは99)。

●記憶術

言葉遊びで覚えるのも楽しい。もっとも簡単なのは、頭文字法。

"Richard of York gave battle in vain"は虹の7色の順序(red, orange, yellow, green, blue, indigo, violet)を覚えるためのフレーズで、"Naughty elephants squirting water"は、方角(north, east, south, west)を示す。

●実行意図

定期的な行動を覚えておきたいなら、この方法がおすすめ。「寝る前に水で薬を飲む」などと自分に言い聞かせ、自己調整力を用いて行動内容をあらかじめ決めておく。

●脳トレ

数独やクロスワードは記憶力を維持し、アルツハイマー病などの予防に役立つ。

●記憶を場所と結びつける

世界中の記憶のスペシャリストがこぞって採用しているテクニック。

たくさんのアイテムを覚えられる「場所を活用した」記憶術

これは、よく知っている場所を活用した記憶術で、リストなど関連する複数の情報を覚えるのに便利だ。これをマスターすれば、平均値の7つ前後より、もっと多くのアイテムを覚えることができる。

このテクニックは、ほかにも「記憶の宮殿」「LOCIメソッド」「ローマンルーム法」など、いろいろな名称で呼ばれている。

ポイントは、いま暮らしている家、子どものころの家、地元の大通り、仕事中毒の人はオフィスなど、自分にとって馴染みの深い場所を選ぶこと。見慣れたものがたくさんある部屋でもかまわない。

たとえば、幼いころに住んでいた家を選んだとしよう。まずは、きちんとルートを決める必要がある。玄関のドアに鍵を差しこむ。ドアを開けて中に入る。1階も2階も含め、すべての部屋を回る順番を覚える。

ルートが完成すれば、記憶する情報のリストが増えるたびに、同じルートを繰り返し利用することができる。

覚えるアイテムが部屋の数よりも多い場合は、移動する際に、各部屋に置かれた物にも目を向けるようにする。たとえば、キッチンに1つのアイテムを結びつけるのではなく、冷蔵庫、テーブル、トースター、シンクも思い浮かべる。そうすれば、さらに4アイテムを追加できる。

ルートの途中にある見慣れた物を「メモリーペグ」(記憶の掛け釘)という。その釘に、覚えたいものを1つずつ掛けていくのだ。

たとえば、買い物に行こうとしたときにペンが見つからず、買い物リストを頭にたたきこまなければならないとしよう。そんなときは、リストの1番目の牛乳を玄関前の階段に置く。2番目の新聞は、うまい具合に郵便受けに差しこむ。次の卵は、花瓶の代わりにリビングのマントルピースの上に置く。

一方で、買うつもりのシャツは居間の窓枠に掛かっている。本当ならカーテンが吊るされている場所だ。記憶の宮殿の中では、リアリティに欠けていても問題ない。むしろ、現実にはあり得ないイメージのほうが記憶に残る。

このテクニックは、使えば使うほど、覚えられる数も増える。この方法で何百ものアイテムを思い出せると豪語するスペシャリストもいるほどだ。


「人間の脳は狭い屋根裏部屋なのだから、使いそうな道具だけをしまっておくべきだ」(『オレンジの種5つ』より)

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著者

ダニエル・スミス(Daniel Smith)
ノンフィクションの作家、編集者、リサーチャーとして活躍。おもな著書に『Sherlock Holmes: An Elementary Guide』『Forgotten Firsts: A Compendium of Lost Pioneers』『Trend-Setters and Innovations』、クイズ本『Think You Know It All?』など。図書館にこもっている以外は、妻のロージーとさまざまな魚たちとともにイースト・ロンドン在住。

翻訳者

清水由貴子
英語翻訳者。上智大学外国語学部卒。おもな訳書に『How to BePerfect 完璧な人間になる方法?』(小社刊)、『初めて書籍を作った男 アルド・マヌーツィオの生涯』(柏書房)、『トリュフの真相 世界で最も高価なキノコ物語』(パンローリング)、『ニール・ヤング 回想』(河出書房新社)などがある。


 『あらゆる問題を解決できる シャーロック・ホームズの思考法』
  ダニエル・スミス[著]
  清水由貴子[訳]
  かんき出版[刊]

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