
下町情緒を残しつつ、新しい店やギャラリーが次々に生まれる東京都江東区の清澄白河エリア。ここで5月、キノコを使ったメニューを提供するカフェ「KINOKO SOCIAL CLUB(キノコソシアルクラブ)」がオープンした。都市にありながら、食の地産地消を目指す実験的な拠点だ。
店舗を訪ねると、その名のとおり中はキノコ一色。シイタケの原木が天井からつり下がり、本棚にはキノコにまつわる書籍がずらり。透明な栽培ケースの中には鮮やかな黄色をしたタモギタケと薄いベージュのヒラタケが列をなす。「ケース内は一定の湿度に保ち、空気を循環させるなど環境を整えて、品質に気を配っています」。こう教えてくれた眞鍋太一さんはこの店のほか、食材生産者とのつながりの強いレストラン「ブラインドドンキー」の運営などでも知られている。

看板メニューはハンバーガーだ。メイン具材のパテはヒラタケのフリット。米粉やパプリカパウダーなどでつくる衣をしっかりと絡め、ヒラタケの水分をとじ込めるようにして揚げた。出来上がりはヒラタケのみずみずしい食感が残り、衣はサクサクしている。夏場はトマトをベースにパクチーを利かせたサルサソースを合わせてきたが、季節ごとに旬の食材を使った取り合わせに見直す。原木シイタケを使ったドリンク「マッシュシェイク」は、シイタケの香りと甘み、上から垂らしたオリーブオイルが予想外の調和を見せる。

「キノコから都市のフードシステムを考える」が、この店のコンセプトだ。地域の人たちの協力を得て、キノコの栽培から収穫後の活用までの循環型システムをつくった。
キノコを育てる土台「菌床」はおがくずなどを使うのが一般的だが、ここではコーヒーかすを使う。コーヒーかすは全国で大量に捨てられているが、最近では堆肥にするなど資源としての再利用が進む。清澄白河は米ブルーボトルコーヒーが日本1号店を開くなど、コーヒー店が多い。キノコソシアルクラブの店長は近所のカフェなどを自転車で巡り、使用後のコーヒーかすを提供してもらう。
コーヒーかすなどで作った土台にキノコの種菌を植え、菌糸が広がり食べられるサイズになるのを待つ。収穫して店の料理に使った後の菌床には栄養がまだ残っているため、区民農園で土壌改良材として使ってもらう。店内では近所の醸造会社が手がけたビールを販売しており、醸造過程で廃棄された麦芽もいつか菌床に使いたいという。

地域を巻き込んだ取り組みは、清澄白河から遠く離れた徳島県神山町での挑戦からつながるものだ。自然に囲まれた山間の町で、眞鍋さんは農場や料理店などを運営する会社「フードハブ・プロジェクト」の支配人も務める。縁あって訪れた神山町に、2014年に家族で移住。同町では農業従事者の高齢化などが進む。町の職員や地域の人とともに、神山の農と食を次世代につなぐ「フードハブ構想」をまとめ、中心となって推進してきた。キーワードは地域で食材を育て、食べる「地産地食」だ。
新規就農者も受け入れて有機食材を栽培。育てたコメや野菜などは料理店「かま屋」や、在来の小麦のパン店「かまパン」等、運営する施設で使う。それぞれ全国的に評価される店となった背景には、様々な取り組みがある。国内外のシェフが長期間滞在し地元食材を使った料理を作り、住民らと交流する「シェフ・イン・レジデンス」は継続的に行ってきた。新型コロナウイルス流行下で米有名店「シェ・パニース」の元シェフが神山に居を構え、かま屋のメニュー作りなどを担当するようにもなった。

地域の学校と連携し、子供たちが作物を育てる食育事業も手掛けるなど、活動は様々な人を巻き込んで幅広い。眞鍋さんは「食という日常の積み重ねで、少しずつですが神山町がリジェネレート(再生)されている実感があります」と手応えを口にする。一方で「産地になりづらく、消費地として捉えられがちな東京でも、いつかこうした活動がしたい」との思いもあった。
そんな時、米国の都市でキノコ栽培をする知人に話を聞き、太陽光を必要としない菌床栽培は東京向きと判断した。雑菌に耐性がありカフェ内でも育てやすく、育つのも早いヒラタケなどを選び、出店を決めた。ハンバーガー中心の業態としたのは、気軽にキノコを楽しんでほしいとの思いからだ。全国有数のシイタケ産地、神山町でのノウハウも生きた。町内のシイタケ工場で使い終わった菌床を譲り受け、発酵させ農場の土に返してきた経験が、東京での農園との連携につながった。
今のところ店内で育つキノコの数は少なく、カフェのメニューでの部分的な使用にとどまっている。今後は近所に栽培拠点を別途設け、都内で眞鍋さんらが運営する別のレストランなどにも提供先を広げる計画だという。

来店客にキノコの菌床を配り、オンラインなどで生育状況を報告しあうコミュニティーも立ち上げた。第1弾は店頭で募ったメンバー15人が参加し、それぞれが工夫し、楽しみながらキノコを育てた。店内のカウンターとキッチンの一部は可動式で、地域イベントに屋台を出すこともできる。
「色々な人と関わり合いを持ち、コミュニケーションを取りながら、この地域を盛り上げていきたいんです」と眞鍋さんは話す。地域とのつながりはこれからさらに深まりそうだ。
山本優
吉川秀樹撮影
[NIKKEI The STYLE 2025年9月7日付]

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