
8月、ユニクロを展開するファーストリテイリングのブランド「PLST(プラステ)」が、同ブランドとして初めて、ウィメンズのクリエイティブディレクターを任命した。就任したのは「HARUNOBUMURATA(ハルノブムラタ)」のデザイナー、村田晴信さんだ。
プラステは全国に43店を展開し、特にオフィスでの仕事着に定評がある。今年の5月に村田さんとコラボレーションしたコレクションを展開し、好評だったそう。「オンとオフの境目がなくなるなか、これまでともするときちんとしすぎている面があった。村田さんの提案で、きちんとしつつもファッション性が高まり洗練された」(プラステ)

村田さんは、制服のある学校に通ったことがないという。中学生のころから「着るものによって気持ちが変わるな」と感じていた。洋服をリメークしたり、高校生になると友人とファッションショーをしたり。本格的に学びたいと服飾専門のエスモード・東京校に入学した。
最終学年の時、神戸ファッションコンテストで受賞する。制作したのは「とてもシンプルなものだった」と村田さんは振り返る。イタリアと日本の素材をミックスし、生地に付けた折り目が目を引くジャケットやドレス。ものづくりの方向性を突き詰めるうちに「静かでピンと張り詰めた世界観がしっくりきた」。若い頃は装飾的で凝ったものを作りたくなりそうだが「全部そぎ落とした。これが原体験」という。
受賞によって資格を得て、2010年にイタリアのマランゴーニ学院に留学する。修了後もミラノにとどまり、ジョンリッチモンドとジル・サンダーでそれぞれ3年の経験を積んだ。
帰国後の19年、ハルノブムラタをスタートする。コンセプトは「Luxury of Silence(ラグジュアリー オブ サイレンス)」。ラグジュアリーというと、高級な生地や華やかな刺しゅうなどをふんだんに用いることをイメージするが、村田さんは「イタリアで学んだ、人生を楽しもうとする豊かさや自分で選択できることに対する満足感。そういった目に見えないようなもの」と考える。

プロダクトとしてぜいたくな服ではなく「あくまで、着た人の気持ちが豊かになったり、大人の余裕が感じられたりするような、心や姿勢に左右するもの、静かに寄り添うものでありたい」。主にイタリアと日本の素材を用い、たっぷり使った生地が美しいフォルムを描く。どの洋服にもエレガントな雰囲気があるのが特徴だ。
毎シーズン登場するドレスも、ポケット付きのものが多い。着用する人の姿勢やしぐさ、動きを大切にしているからだ。「ポケットに手を入れて立つ姿がすてきになったり、歩く時に手を入れた方がすそを振り回しやすかったり。着たときのふるまいから考える」と村田さん。ジャケットも同様で、スリットが深く入っていて、パンツのポケットに手を入れると裾がきれいに広がるものや、肩から掛けたときに手が入れやすい位置にポケットがあるものも。袖を通せば自然と姿勢が定まり、様になり、なんだか気持ちまで変わる。「デザインしているのは、服ではなく、その服を着た人」なのだ。

だからこそ「スケッチはただの下絵」という。ある程度かたちになると、実際に手を動かしくっつけてみたり、モデルに着せて前後をひっくり返してみたり。「ゴールを決めず、走って行く方向だけ決めて、作りながらたまたま生まれるものを大事にしている」
現在展開中の25年秋冬では、20世紀初頭の英国初の女性のレーシングドライバー、ドロシー・レビットの生き方をテーマにした。工業的な雰囲気のカーゴパンツや車体のコーティングをイメージした質感の素材が目を引く。こうしたメンズらしいアイテムや色使いも、村田さんの手にかかると、エレガントになるから不思議だ。
伊勢丹などの百貨店を中心に、取引先は現在40ほどに上り、2月には東京・元麻布に、予約制のプライベートブティックも設けた。一組ずつ試着をしてゆったりと買い物できる。アトリエの階下のため、ときには次のコレクション制作の様子やスケッチなどを見られることもあるという。

「KELLY」「JANET」――。洋服は主に女性の名前が付いており、その頭文字はファーストシーズンからシーズンごとにA、B、Cと順になっている。ブランドスタート当初は苦労したというが、広く知られるきっかけになったのが、現在もアップデートしながら展開するドレス「ELIANA(エリアナ)」。頭文字がEなので5シーズン目だ。美しい曲線を描く立体的なシルエットで、首元のイタリア製の大きめのボタンの留め具がアクセントになっている。
「エリアナが一番人気。店頭のスタッフはよく『女性を美しく見せる天才』と言っています」。セレクトショップ「THE TOKYO(ザ トウキョウ)」のウィメンズバイヤー、日髙麻穂さんは話す。「日本ブランドでドレスラインがしっかりあるブランドはなかなかなく、他にないブランドとして確立している」。普段海外のハイブランドを着用するような女性が手に取るという。

海外ブランドも、日本の素材を使っていたり、型紙を製作しているのは日本人だったり「それがちょっと悔しいな、ではないですけど、日本人のデザイナーとして、イタリアで学んだ、軽やかな色気みたいなものを作っていきたい」と村田さんはいう。2日、楽天ファッション・ウィーク東京で26年春夏物を発表した。霧や滝といった刹那的な自然を、オーガンディやフリンジなどの繊細な素材で表現。そんな自然を愛する女性が浮かび上がる、優しいコレクションだった。
井土聡子
[NIKKEI The STYLE 2025年9月7日付]

- ・伊FLOSの照明 大物デザイナーとの協業育む、名物経営者の粘り腰
- ・ファッションイラストが紳士のアイコンに 穂積和夫さんが築いた系譜
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