高島屋堺店が2026年1月7日に閉店する。1964年、南海電鉄堺東駅の駅ビルで開店。地域に密着した駅前のシンボルとして地元住民に親しまれてきたが、売り上げがピーク時の約3分の1に落ち込み赤字が続いていた。来店客は名残を惜しんで最後の買い物を楽しんでいる。
東京オリンピック開幕直前の64年10月4日に開店し、当日は10万8000人でにぎわった。駅ビルの地下1階から7階の一部に入り、売り場面積は計2万5395平方メートル。84年の増床と専門店街のオープンで当時は南大阪最大のショッピングセンターになり、ピーク時の91年度の売り上げは300億円に達した。
郊外のショッピングセンターやインターネット通販などとの競争が激化し、24年度の売り上げは103億円まで減少。大阪中心部の百貨店で好調な訪日外国人の需要も取り込めなかった。20年度から毎年赤字が続いているという。高島屋は「コロナ禍で赤字に転落し、業績が回復していない。中長期的に勘案しても黒字化のめどが立たない」と説明し、建物の賃貸借契約の満了に合わせて閉店を決めた。
5階特設会場では現在、開店当時の写真パネルや新聞広告を展示する「61年の歩み展」を開催中。会場には来店客がつづったメッセージ約1000枚が張り出されている。
堺市堺区の看護師、岸本つかささん(52)も展示を懐かしそうに見入った。岸本さんは子どものころから来店し、屋上の遊戯施設で遊んだ。若い時にCDを友人とよく買いに来て、店員に新曲の情報を教えてもらった。夫と結婚前からよく食事をした。出産のお祝い返しを買い、父親が亡くなった時に喪服を購入。ペットショップで猫も買った。今も成長した娘2人と一緒に来店する。岸本さんは「いろいろな刺激を受けた。ぽっかりと心に穴が開いた気持ちがする」と話した。
従業員の浜上昌美さん(63)は入社した80年からずっと堺店で勤務し、衣料品や家庭用品、雑貨、文房具などの売り場を担当した。「笑顔であいさつ」を大切にし、「百貨店は日常とかけ離れ、特別な物や記念の物を買いに来る場所だと思う。お客さまの信頼を裏切らずに、気持ち良く買い物していただくことを心がけた」と語る。
バブル経済の頃、セールの日は深夜から開店前に長い行列ができたことを思い出す。現状について「若い人にとって魅力的な場所にならなければいけなかった。もっと何かできたのでは」と話す。
同店は「61年間の感謝を込めて」と銘打ち、最終売り尽くしのセールを開催している。26年1月1、2日は休み。玄関には閉店までの日数を記すカウントダウンボードが設置されている。浜上さんは「お客さまに感謝の気持ちを伝え、笑顔で終わりたい」との思いで閉店日を迎える。
同店の従業員152人の雇用は継続され、他店へ配置転換される。高島屋グループの全国の百貨店は12店に減る。【中村宰和】
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