ソウルサイクルの利用者にとって、ジムで過ごす時間はコンサートやスピリチュアルな体験と似ている COURTESY OF SOULCYCLE

<コロナ禍にトレーナーの差別発言──危機的状況の自転車フィットネス「ソウルサイクル」を立て直したイブリン・ウェブスターの目指すリーダー像とは?>

照明を落とした部屋で45分間自転車をこぐフィットネスジム「ソウルサイクル」。イブリン・ウェブスターにとって、この暗闇ジムは健康維持の手段というだけでなく、現実世界の混沌を忘れることのできる「聖域」だった。

そんな数年来の熱心な利用者だったウェブスターがソウルサイクル社に加わり、CEOに就任して5年近くになる。

「現実逃避の場とはもう言えなくなった。ここが職場になったから」と言って笑う。

ウェブスターは今もソウルサイクルのジムで自転車をこいでいるが、リラックスする手段は、就寝前に読書をしたり、街を歩きながらポッドキャストを聞いたりすることになった。

心身の健康を保つために、筋トレやピラティスを実践したり、8時間の睡眠を確保したり、タンパク質を多く摂取したりもしている。

「睡眠や運動が足りていなかったり、食生活が乱れていたりするときは、自分でもすぐに分かる」と、ウェブスターは言う。「そういうときは調子が出ず、集中力がなくなり、やる気が湧いてこない。私の場合、一定の状態を保つことが重要なのだと気付いた」

一定の状態を保つことは、リーダーとして成功するためにも重要だとウェブスターは考えている。

「(リーダーという)天気が不安定だと、その組織はうまくいかない。ある日は太陽がまぶしく照っていたのに、次の日には黒雲が空を覆っていては困る」

ウェブスターが思うに、目指すべき目標とそれぞれのメンバーの権限と責任を明確にすることも重要だ。「メンバーが『どうすべきか分からない』と感じる状況では、成功することは難しい。それは失敗への道にほかならない」

ウェブスターがCEOに就任したのは2020年12月。それまでは30年以上にわたってメディア業界に身を置き、米タイム社の上級副社長や英ガーディアン社のアメリカ・オーストラリア部門のCEOなどを歴任した。

ソウルサイクルに移った後も、ある意味で「ストーリーテリング」のビジネスを続けてきたと言えるだろう。ソウルサイクルの利用者にとって、ジムでの45分間は、コンサートやスピリチュアルな体験に通じるものがあるのだ。

アキン・アクマンやアンジェラ・マニュエルデービスといった元インストラクターたちは、ソウルサイクル時代に大勢のファンとセレブの顧客を獲得し、その後、独立して自身のフィットネス事業を成功させている。

いまソウルサイクルのインストラクター採用に当たっては、このようにカリスマ性があり、「新世代のメガスター」になり得る人材を選んでいるとのことだ。

就任早々の危機と改革

ウェブスターがソウルサイクルに加わったとき、フィットネス業界は新型コロナ禍で大打撃を被っていた。しかも、CEOに就任する直前にスキャンダル報道が直撃した。

ソウルサイクルのジムでインストラクターによる差別的な言動が横行していると、オンラインメディアのビジネスインサイダーがスタッフや利用者の証言を基に報じたのだ。

元メディア企業幹部であるウェブスターは、関連記事全てに目を通した。その結果、報道が皆正しいというわけではないと判断したが、こうした疑惑が報じられた背景には会社の体質があると考えた。

そこで社内調査を実施し、新たに重視する価値観を打ち出した。しかも言葉だけでなく、その価値観を実践に移した。それに伴い、一部の従業員を失うこともいとわなかった。「実際の行動に反映されない価値観に意味はない」と考えていたからだ。

ウェブスターは毎晩、頭の中で自分の言動を振り返って自己評価している。職場のメンバーともっと良質なコミュニケーションが取れたのではないか、もっと生産的な形でメンバーと関われたのではないか、などと反省するのだ。

しかし、自分が下した決定が正しかったかどうかを省みることはほとんどないと言う。

「自分の判断について後でくよくよ考えたり、物事の先行きを心配したりしてばかりいると、次第に自己不信に陥ったり、質の悪い決定を下したり、下手をすると決定を下すことを完全にやめてしまったりしかねない」と、ウェブスターは説明する。

それでも、間違った決定を下した場合は責任を認めて前に進む。「『自分の決定の責任は取る。あれは正しい判断ではなかった。でも、もう大丈夫。方向転換して正しい方向に進み始めたから』と言うためには、かなりの自信を持っていなくてはならない」

ウェブスターは、リーダーたちが自分の弱さをあまり見せようとしないことの弊害を感じている。その姿を見ている未来のリーダーたちが常に自信満々でなくてはならないと思い込み、プレッシャーを感じかねない、と言うのだ。

そこで、部下との会話では、ただハッパをかけるだけでなく、こんなメッセージを伝えていると言う。「あなたが有能でなければ、これほど大きな成果は上げられていないでしょう。いま目指していることを実行できないと思い込む理由など、ありません」


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