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<「デジタル認知症」は誤解? テクノロジーが高齢者の脳を鍛える理由...新たな研究で予想外の効果が判明した>
21世紀の現在、デジタル技術によって人間の生活は多くの面で変化している。最新例が生成AI(人工知能)だ。AIなどのツールは学び方を変えてしまい、「思考のアウトソーシング化」は何を意味するのかと、哲学的・法的問題を生んでいる。
とはいえ、生活を一変させる新たなテクノロジーの登場は初めてのことではない。アナログからデジタルへの移行が始まったのは1960年代前後。この「デジタル革命」がインターネットの登場につながった。そうした発展を丸ごと体験してきた世代は、今や80代を迎えている。
テクノロジーが高齢者の脳に与える影響について、この世代から何が読み取れるのか。米テキサス大学医学大学院のジャレッド・ベンジ准教授(神経学)と、米ベイラー大学のマイケル・スカリン教授(心理学・神経科学)が行った新たな包括的研究が重要な答えを出した。
今年4月にオンライン科学誌ネイチャー・ヒューマン・ビヘイビアで発表された同研究では、テクノロジーで認知機能が低下する、との「デジタル認知症」仮説を裏付ける証拠は確認されなかった。むしろ、50歳以上の層ではコンピューターやスマホの使用が認知機能低下のリスクを減少させている可能性があるという。
「デジタル認知症」仮説は、ドイツの神経科学者・精神科医マンフレート・シュピッツァーが2012年に著書で提唱した。デジタル機器の使用増加はテクノロジーへの過剰依存を生み、結果として人間の認知能力全般が弱まっているという説だ。
テクノロジー利用については、3つの懸念が指摘されてきた。
第1に、受動的な時間の増加だ。テレビやソーシャルメディアを見るのに、深い思考や能動的態度は不要。
第2に、認知能力を使う作業がテクノロジー任せになる。電話番号は今や覚えるものではなく、アドレス帳に保存するものだ。
第3に、人々はより注意散漫になっている。
運動より脳にいい(かも)
テクノロジーが脳の発達に影響をもたらす可能性は既に知られている。しかし、脳の老化に与える影響はそれほど明らかではない。ベンジとスカリンの研究は、テクノロジー利用の大幅な変化を体験してきた高齢層を対象に、その影響を検証した点で重要な意味がある。
先行研究の結果を統合するメタ分析を実施した同研究では、50歳以上の層のテクノロジー利用に関する先行研究57件(合計対象者数は成人41万1430人)から、認知能力低下や認知症との関連を調べた。これらの研究では、認知力検査の結果の悪化や認知症の診断に基づいて、認知機能の衰えを測定している。
今回の研究では、より頻繁なテクノロジー利用は一般的に、認知機能低下リスクの減少と関連することが判明した。統計的検定で割り出した統合オッズ比は0・42。
つまり、テクノロジー利用頻度が高いほど、認知機能低下リスクは58%減少する。同じ効果は、認知機能低下の一因である社会経済的地位などの健康要因を考慮に入れた場合も確認された。
興味深いことに、テクノロジー利用が脳機能にもたらす効果の規模は、運動(認知能力低下リスクの減少率は約35%)や健康な血圧の維持(同約13%)といった脳の健康を守る方法と同程度か、より大きかった。
ただし、運動や正常血圧維持の効果は長年の数多くの研究で証明され、そのメカニズムの解明もはるかに進んでいることは理解しておくべきだ。
さらに、血圧を測定するのはテクノロジー利用の場合よりずっと簡単だ。今回の研究の強みは、そうした難点を踏まえて特定のテクノロジー利用に焦点を絞り、脳トレゲームなどを排除したことにある。
その結果には明るい気持ちになれるが、テクノロジー利用が認知機能を高めるとは、まだ言い切れない。異なる対象グループ(特に、今回の研究にあまり含まれていない低中所得国の人々)でも同じ結果が出るか、効果の仕組みは何か、さらなる研究で確かめることが欠かせない。
現実的には、現代世界で何らかのテクノロジーを使わずに生活するのは無理だ。ならば、重要なのは「どう使うか」だろう。
読書や言語学習、音楽演奏といった認知機能の刺激になる活動は、特に若いうちに行った場合、年齢を重ねるなかで脳を守ることに役立つ。
一生を通じてテクノロジーとより触れ合うことは、記憶力や思考力を刺激する方法になるのかもしれない。
ソフトウエア更新による変化に適応したり、新型スマホの使い方を覚えることで強化される「技術的予備力」は脳にいい可能性が示唆されている。社会的なつながりを保ち、より長く自立して生きることにもテクノロジーが役立つ可能性がある。
AIの影響は未知数だが
今回の研究が示すように、全てのデジタル技術が人間にとって悪いわけではなさそうだ。とはいえ、テクノロジーとの相互作用や技術依存の在り方は急速に変化している。
老齢脳へのAIの影響が明らかになるのは数十年後だろう。それでも、技術革新に適応する人間の能力と、技術が認知機能を支える可能性を考えれば、未来は真っ暗ではないはずだ。
例えば、開発が進むBCI(ブレイン・コンピューター・インターフェース)は神経疾患や障害のある人々に新たな希望をもたらしている。
だがテクノロジーには、特に若年層にとって、メンタルヘルスへの影響といった潜在的なマイナス面があることも事実だ。害を与える可能性を制限しながら、テクノロジーがもたらす恩恵を手にするにはどうすべきか。今後の研究が教えてくれる。
The Conversation

Nikki-Anne Wilson, Postdoctoral Research Fellow, Neuroscience Research Australia (NeuRA),UNSW Sydney
This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.
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