春田久美子弁護士=福岡市で2025年7月16日午後3時25分、近松仁太郎撮影

 いじめ、不登校、ブラック校則、モンスターペアレント……。子どもを巡るトラブルが複雑化する中、学校側が法的根拠に基づいて対応できるように「スクールロイヤー」と呼ばれる弁護士を配置する教育委員会が増えている。文部科学省が2024年に実施した調査で、ロイヤーへの相談体制を設ける教育委員会は全国で41都道府県(87・2%)に上った。ロイヤーの春田久美子弁護士(福岡県弁護士会)が対応したさまざまなトラブルのなかで、いじめを巡り多くの先生が口にするという「ある質問」があるという。【聞き手・近松仁太郎】

 ――先生たちから頻繁に受ける質問があると聞きました。

 ◆スクールロイヤーの仕事を始めてから今年で12年。最も耳にしてきたのが「これって、いじめに該当しますか?」という質問です。暗に「該当しませんよね」と否定的なニュアンスが含まれていることも多いですね。具体例を挙げ、考えてみましょう。

 舞台は中学校の教室。男子生徒が体操服に着替えていたところを別の生徒がスマートフォンで撮影し、その写真を無料通信アプリ「LINE(ライン)」で作られた複数のクラスメートのグループチャットにアップしました。撮影された生徒は翌日から欠席するようになり、先生が理由を尋ねると「写真を上げられたのが嫌で、もう学校に行けない」とうなだれました。

 先生が画像を確認したところ、写っていたのは顔と、上半身や太ももの一部。性器や下着は写っていません。撮影した生徒は「ふざけてやっただけ」と説明しました。先生は深刻な事案ではないと判断し「この程度ならば、いじめじゃないですよね?」とロイヤーに確認を求めてきたというわけです。

 ――先生は「悪ふざけ」の範囲と小さく捉えたわけですね。

 ◆はい。しかし、この質問の裏には、先生たちが抱える深刻な問題が隠れています。

 2013年に施行された「いじめ防止対策推進法」は、クラスや部活など関係性がある相手から受けた行為について、被害児童や生徒が「心身の苦痛を感じているもの」は全て「いじめ」と定義しました。つまり、事案の軽重や継続性は関係ありません。

 被害者側が悲しい、つらい、苦しいと感じれば、それはいじめに該当するのです。法律の中核的な定義ですが、第一線で子どもや保護者対応をする担任の先生たちに周知されていない事実が、この質問から浮き彫りになったといえます。

 「子どもの世界では、よくあること」と軽く受け止めれば、そこで対応は終わりです。ですが、問題を放置したことで不登校や自殺など深刻な事態に発展することは少なくありません。怒った保護者が学校に乗り込んできて、解決の糸口が見えなくなることもあるでしょう。そうした事態を防ぐため、「まずは勇気を出して被害を訴えた子どもの話にしっかりと耳を傾け、事実を確認してください」と現場の先生たちには助言してきました。

 ――被害者となった子どもに寄り添って考えることが大事なのですね。

 ◆ロイヤーは学校側に雇われてはいますが、決して学校や先生の味方ではなく、子どもの最善の利益を守ることが一番です。学校現場で起きた複雑な問題を解決するには全体を見つつ、絡まった糸をほぐしていく必要があり、そのために法的な観点で助言します。

いじめ防止対策推進法

 大津市立中の男子生徒が2011年に自殺した問題を受けて、13年に議員立法で成立した。いじめについて「同じ学校に在籍するなど一定の関係にある他の児童・生徒から受けた心理的または物理的な行為(インターネットを含む)」により、被害者が「心身の苦痛を感じているもの」と定義。国や自治体、学校の責務として防止と対応を明記した。いじめによって心身や財産に重大な被害が生じるなどした場合は重大事態とし、学校や教育委員会に第三者委員会を設置して事実関係を調査するよう求めている。

春田久美子(はるた・くみこ)弁護士

 1966年、静岡県生まれ。九州大法学部卒。住宅金融公庫に就職後、93年に司法試験に合格し、96年に裁判官に任官。福岡地裁小倉支部などで勤務後、2006年に弁護士に転身し、福岡県弁護士会に登録した。九州弁護士会連合会・法教育に関する連絡協議会委員長や福岡県いじめ問題対策連絡協議会長を歴任し、25年度から福岡県弁護士会・学校問題関連委員会委員。

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。