
黄ばんで少しくたびれたような生地に、茶色く汚れの入ったソール。イタリアブランド「ゴールデングース」の店に並ぶ使い込んだ風合いのスニーカーは、実際にはすべて新品だ。イタリアの職人の手作りで、傷や汚れに見えるのも、職人の手によってあえて加えられたもの。値段は多くが500ユーロ(約9万円)を超えるが、次々に売れていく。不完全さに美を見いだす独特なコンセプトは、看板商品のスニーカーを筆頭に各国で急速に支持を得るようになった。今年は東京・銀座に旗艦店もできたところだ。
ゴールデングースは2000年、創業者のフランチェスカ・リナルドさんとアレッサンドロ・ガッロさんが、米国や日本など各国への旅を繰り返す中で生まれた。
2人は旅先でストリート文化に触れながら古着を探し、自分たちのためにカスタマイズしていた。ビンテージのデニムをほかの布と組み合わせたり、刺繡(ししゅう)やビーズで装飾したりして、ファッショナブルに作り替えるセンスは当時としては珍しかった。評判はすぐ広まって友人の友人からも次々と注文が来始めたのだ。
その後はビンテージ品のアップサイクルを中心にしながら、オリジナル商品も出すようになった。初期の商品で有名なのが、スリムフィットのシャツだ。背の高いガッロさんに合わせて作られたシャツは大抵の人にとって袖が長過ぎたが、それが逆にブランドの象徴的なアイテムとなった。米ヴォーグ誌にもお洒落(しゃれ)に不可欠なアイテムとして紹介され、評判を呼んだ。次第にアイテムを増やす中で転機となったのが、07年に生まれたスニーカーだった。

発想の元となったのは、創業者2人がロサンゼルスで見たスケートボーダーたちのスニーカーだ。はき込んでクタクタになったそれは、彼らがスケートボードにささげた時間や熱意を表していた。すっかり魅了され「これをイタリアの職人技で作れないか」と考えた。
新品ながら履き古したかのような加工が一足ごとに施され、ラグジュアリーとストリート、職人技とポップカルチャーが融合したスニーカーは、ファッション界に衝撃を与えた。イタリアから米国、パリ、ロンドンにアジアと、瞬く間に世界的なトレンドになった。
個人の手作業で始まったブランドにとって、市場の拡大はあまりに急速であった。これを引き継いだのが、13年に入社し18年に最高経営責任者(CEO)に就任したマネジメントの専門家、シルビオ・カンパラさんだ。多くのブランドの業績が悪化する中でも、25年上半期の売上高は3億4210万ユーロと2桁成長を続けている。

カンパラさんは「ゴールデングースが築いてきたのは、既存のラグジュアリーの枠を壊し、不完全さに価値を見いだすという新しい道だ」と話す。時間が経過し、真っさらでなくなった状態に価値を置く考えは、日本の「わびさび」にも通ずる。わびさびを人工的につくり出し、グローバルビジネスとして成立させたということだ。
ゴールデングースの商品は、別の意味でも不完全といえる。商品は客が手を加えることで完成するのだ。店舗には職人が常駐している。客は職人と対話しながら、商品に手描きで絵柄や文字を入れてもらったり、スタッズなどの装飾パーツを加えたりする。
「ラグジュアリーとは特別な体験を言う。我々が売っているのは、商品ではなく感情なのだ」とカンパラさんは言う。店舗は、完璧に出来上がった商品を代金と引き換えに受け取るだけでなく、自分だけのスニーカーを作るという表現の楽しさを体感する場という位置づけだ。こうしたコンセプトを打ち出す中で「切り離せない存在になっている」(カンパラさん)というのが、アートだ。
23年に創業の地ベネチアにつくられた施設「HAUS(ハウス)」はそのための一大拠点だ。国際美術展「ベネチア・ビエンナーレ」が開幕するタイミングでは、アーティストを招いたイベントを開く。今年5月には映像やテクノロジーを駆使した作品で知られるマルコ・ブランビラさんによる、大規模なインスタレーションが披露された。中庭の池から施設内まで様々な場所に投映された映像と音は、仮想や神話が現実に溶け込むようで、見るものの意識を揺さぶった。

会場には創業者の2人も現れ「ゴールデングースは物語をつくろうとする体験そのもの。ここでは訪れる者一人ひとりが表現者になれる」と語った。来訪者がスニーカーや服のカスタマイズを体験できる「アカデミー」という一角では、普段は次世代の職人の育成も行っている。
ベネチアの「HAUS」はイベント時などに公開する場だが、一方で「HAUS」の名を冠した店舗も増え始めている。ベネチアほどの機能は持たないものの、従来の店舗以上に幅広い商品カスタマイズが可能で、国内作家のアート作品を店内で展示したり、カルチャーイベントを開いたりするという。7月には東京・銀座に4フロアから成る「HAUS Tokyo」をオープンした。入り口を入って正面にあるのは、職人がカスタマイズ作業を行う大きなテーブルで、このブランドの特徴をよく表している。

「不完全さの中にこそ、個性と人間性が宿ると信じている」とカンパラさんは言う。ゴールデングースの急速な成功の背景には、手仕事への敬意、リメークへの関心など、このブランドを後押しするような様々な時代の空気があったであろう。そこには、同じ商品を大量に、効率的に販売するファッション産業のシステムのほころびもあったと思うのである。
ジャーナリスト 矢島みゆき
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