人口2万人強のオアスタッドにある集合住宅「ザ・マウンテン」(写真はすべて筆者撮影)
<IT人材と若者が集う都市の再開発が生んだのは、環境と共生する斬新な住宅群だった>
先日、デンマークの首都コペンハーゲンを初めて訪れた。コペンハーゲンは、「北欧のパリ」と称され、世界の都市の生活の質を82の観点で評価したランキング「ハッピー・シティー・インデックス2025」で1位に輝き、住民にとってもビジネスや観光で訪れる人にとっても、とても居心地がいい。市内の様々な場所を訪れたが、変わったデザインの建築が多いことが特に印象的だった。
多数のIT人材が集まる、斬新な建築の町
現地の観光ガイドによると、1990年代後半にコペンハーゲン港湾周辺に集中していた主要産業の造船所が閉鎖したことを機に、港一帯の活性化を目指し、大規模な改修と新築の計画が進められたという。そして、同市の住みやすさが大きな魅力となり、多数のスタートアップや国際的なIT企業が拠点を構えるようになった。結果、IT業界で働くために国外から移住する人が増加し、2000年以降、人口は毎年4~6千人増え、現在は約66万人に達している。
人口増加に伴い、住宅数も増えた。建築界では2000年代以降、他国で学んだ新世代の建築家たちが従来の常識にとらわれない自由な発想をもち込み、町のいたる所で、大胆なデザインの集合住宅を目にするようになった。

2024年完成の賃貸マンション「カクタスタワーズ」。IT業界で働く若者をターゲットにしており、各戸の広さは33~53平方メートルとコンパクト。環境に配慮した建材が使われている。
日差しに照らされた集合住宅
コペンハーゲン市街地を左手に、国際空港を右手に見ると、その間に人口2万人強のオアスタッド(Ørestad)という"ニュータウン"がある。かつては使われていない公有地だったが、地下鉄の建設に伴い、約20年前から人が住み始めた。周辺は、広大な自然保護区になっている。
コペンハーゲン中央駅からオアスタッド南端のべストアマー駅までは、わずか20分。スポーツイベントやコンサートが開かれる多目的屋内アリーナの「ロイヤル・アリーナ」、年間約9万人が訪れる国内最大のショッピングセンター「フィールズ」など、ここには思わず撮影したくなる建物がたくさんある。しかも、それらは環境に優しく、人々が長く快適に働き、生活できるように設計されている。代表的なものを見てみよう。

ガラスの外観の「VMハウジーズ」は、オアスタッドで最初に建設された集合住宅。M字型の棟(2004年完成)とV字型の棟(2005年完成)とが向かい合っており、2棟の間にたっぷりと空間を取ることで、どの部屋にも最適な自然光と風景が届くようにした。2つの棟は少しデザインが異なる。V字型の棟の南向きのバルコニーが面白い。日陰を最小限に抑え、風通しを確保するため、小さい三角形にしてランダムな角度で設置されている。部屋の床もバルコニーの床も木製だ。

VMハウジーズの隣には「ザ・マウンテン」がある。2008年に完成した集合住宅で、こんなデザインの住まいが存在するのかと目から鱗が落ちた。山を描いたアルミパネルの内側はカラフルな駐車場だ。駐車場を土台に、山のように傾斜をつけて(階段状にして)80戸の住居が建てられている。各戸にはテラスがあり、日光や眺望、各戸を彩る植物が楽しめる。住居部分の緑地は、雨水をためて灌漑している。機能性の高い高層マンションではなく、都市部でも屋外とのつながりを重視した開放的な住まいが実現できるという好例だ。

「8」の形をした巨大な集合住宅
開放感のある集合住宅(総戸数476戸。売買物件)がもう1つある。ザ・マウンテンよりもさらにダイナミックな「エイトテル(デンマーク語で8の意味)」だ。上空から見ると住居部分が交差し「8」を描いていることから名付けられた。「1つのビルに1つの都市」をコンセプトとし、公立の教会や幼稚園、オフィスやリユースショップ、レストランなどもある。大阪万博の「大屋根リング」の面積とほぼ同じ6万1千平方メートルの敷地に、2010年に完成した。当時、デンマーク最大の民間開発プロジェクトだったという。
南側の住居部分の端を傾斜状の屋根(1700平方メートル。植物を植えてある)にしたのも個性的だ。この切込みによって風通しがよくなり、自然光を内側に最大限に取り込める。有料で見学可能で、住人のTさんに案内してもらった。Tさんの住まいは8が交差する付近にあるが「日当たりがよくて快適です」とのことだった。北側も採光を考慮し、端の住居部分は他より高くなっている。8が交差する下部は暗くなりがちなため、まぶしいほどの金色で装飾されている。上層階の暗めの部分にも、同じ金色のパネルが使われていた。

1階から最上階までは緩やかなスロープでつながっており、徒歩でも、自転車でも上り下りはスムーズだ(1階には駐輪場あり)。各住まいからは、広々とした2つの中庭や、南側の切込みの向こうに広がる自然保護区の眺望が楽しめる。眺望は本当に素晴らしかった。
金色の場所にある共有ルームでは、居住者たちが各種のクラブ活動を行っているという。居住者同士で物の貸し借り(例えば工具など)をしたり、不要な物を無料で授受し合うリサイクル活動もしているそうだ。
建材を再利用して作った集合住宅
1960年代、デンマークでは主にコンクリートや鉄鋼で作られたプレハブ建築の大量建設が始まった。しかし、現在ではそれらの建材が環境に優しくなく、心身の健康にも寄与しないという認識が広まり、木材、コルク、藁といったナチュラルな建材が使われることが増えている。また、建材を廃棄せずにリサイクルして、ライフサイクルを伸ばす取り組みも行われている。オアスタッドには、建材をリサイクルした先駆的な集合住宅がある。

2018年に完成した「アップサイクル・ストゥーディオズ」は、長方形の住戸を斜めに並べた構造だ。各戸は3階建てで、1階(写真に写っている側の反対側)に車庫、3階にテラスがある。見たことがない形態で、住宅とは思えない建築だった。コンクリート、窓、木材など1000トンもの廃材を建材として再利用した。従来の建築に比べ、CO2排出量を45%削減できたという。

もう1つは、パッチワーク作品のような美しい外観を持つ「ザ・リソース・ロウズ」(2019年完成)。外壁のレンガは、ビール工場の壁材(セメントで固められていたため、切り取った)や全国から集めた学校や工場の壁材を組み合わせた。床材はフローリングメーカーの廃材(木材)で作られている。地下鉄建設で発生した木材廃棄物も約300t活用した。ガラスも再利用だという。リサイクルした建材は全体のわずか10%とはいえ、CO2排出量の削減を実現した。太陽光発電システムを備え、トイレには雨水を利用している。
また昨年は、800人が住める5棟の住宅群「UN17ビラージュ」も完成した。建材を再利用したり持続可能なエネルギーのみを使ううえ、年間150万リットルの水をリサイクルする雨水収集施設もある。生物多様性(周辺の動植物の様子)やコミュニティー(平等な社会的交流)といった点も考慮した"理想的なサステナブル住宅"で、国内外の注目を集めている。
デンマーク政府は、建築のCO2e排出量削減を強化
デンマークでは、国のCO2e排出量(様々な温室効果ガスが地球温暖化に与える影響を、二酸化炭素の量に換算して示したもの)の約30%を、建材の生産や建設後の建物の運用時のエネルギー消費などの「建設部門」が占めている。
こうした状況を改善するため、デンマークは世界で初めて、2023年に1,000平方メートル(約302坪)を超える新築の建物に対してCO2e排出量規制を導入した。そして今夏、建築規制が改訂され、新築の建物のCO2e年間排出量の基準値(許容値)がさらに厳しくなった。規制の適用範囲も拡大され、150平方メートル以上(約45坪以上)のほぼすべての建物が対象になった。規制を守るため、関連企業は設計の初期段階から、建材選びや現場作業を最適化する必要がある。今後、規制は一層厳しくなる予定だ。デンマークはヨーロッパで最も厳しい建築規制を行っているという。
コペンハーゲンでは、今後も革新的で環境に配慮した住宅は増えていくだろう。日本でもグリーン建築の重要性が高まっているが、優れたデザインと環境と調和した北欧建築は、日本の建築の未来を考えるうえで参考になることだろう。
[執筆者]
岩澤里美
スイス在住ジャーナリスト。上智大学で修士号取得(教育学)後、教育・心理系雑誌の編集に携わる。イギリスの大学院博士課程留学を経て2001年よりチューリヒ(ドイツ語圏)へ。共同通信の通信員として従事したのち、フリーランスで執筆を開始。スイスを中心にヨーロッパ各地での取材も続けている。欧米企業の脱炭素の取り組みについては、専門誌『環境ビジネス』『オルタナ(サステナビリティとSDGsがテーマのビジネス情報誌)』、環境事業を支援する『サーキュラーエコノミードット東京』のサイトにも寄稿。www.satomi-iwasawa.com
【動画】トヨタ「ウーブン・シティ」も手掛けたデンマーク人建築家ビャルケ・インゲルス
VMハウジーズ、ザ・マウンテンを手掛けたデンマーク人建築家ビャルケ・インゲルスは、静岡県裾野市にトヨタ自動車がオープンした実験都市「ウーブン・シティ」も手掛けている。これはNetflixによるドキュメンタリー番組の全編。 Netflix / YouTube
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