
落語家の桂天吾さんには欠かせない「手ぬぐい」。産地として知られる堺市の染色工場「ナカニ」は、手ぬぐいブランド「にじゆら」で有名です。足立さちさん(38)は「のり置き」職人として活躍しています。
手作業ならではの味わい
ナカニでは「注染(ちゅうせん)」と呼ばれる技法で手ぬぐいを染める。明治期に大阪で生み出され、複雑な絵柄の手ぬぐいも一度に多く染めることができる。
「浪華(なにわ)本染め」の名称で2019年には国の伝統的工芸品に指定された。のり置き、染色、洗い流し、乾燥などの工程からなり、手作業ならではの、味わいのある風合いを作りだす。

工場を訪れた天吾さんの前で、足立さんがのり置きの作業を始めた。
生地に図柄の基になる長さ1メートルほどの型紙を当て、色染めしない部分に海藻と土を水で溶いたのりを付けて防染する。
防染した生地を蛇腹に折り重ねると、裏側にものりが付き、色を染める部分と染めない部分に分かれる。これを50枚分の束にして、染め職人に引き継いでいく。

1枚1枚のりを付けていく作業を見学した天吾さんは「大変ですね」と口にした。
染色は、のり置きした生地にじょうろで染料を注ぐ。均一に染めるため、足元ではポンプを使う。余分な染料やのりを洗い落とし、乾燥させたら完成だ。全ての工程が分業で行われている。
自分の手ぬぐいを作った経験がある天吾さんは「一つの型紙から何枚ぐらい作れるんですか?」と質問。足立さんは「型紙が破れるまで使えるので、2千~3千枚は作れます」と答えた。人気の柄では10年ほど使う型紙もあるという。

ものづくりの仕事を求め転職
足立さんは、大学卒業後、中学校講師を経て、国際協力機構(JICA)の海外協力隊員として海外勤務を経験した。
転職の動機について「ものをつくって生きていきたい、と思ったんです」と足立さん。同じ作業を淡々と繰り返すことも、没頭できて性に合っていたという。
天吾さんが「僕も落語の練習をする時は無心になります」とうなずいた。
足立さんにとって、手ぬぐいは旅行の必需品だった。「タオルはかさばる。体を拭くのに便利で、洗ってもすぐ乾くし、柄もかわいい」。ものづくりの仕事を探していた時にナカニと出会い、17年に手ぬぐい職人の門をたたいた。

社内ではのり置きの担当だが、休日は工場を借りてオリジナルの手ぬぐい製作にも取り組んでいる。「担当以外の工程を習得したくて始めました。デザインから考えるので、自分のメッセージを込めることもあります」。商品は「にじゆら」の店舗に置かれたり、映画の自主上映会などのイベントで配ったりしている。
天吾さんによると、落語で手ぬぐいは、「風呂に行く」という場面や、手紙や焼き芋、皿など、様々なものに見立てられる道具として重宝されている。「僕は、普段の生活でも当たり前のように使っています」
使ってみることは足立さんも「大事」と力を込める。「弁当を包んだり、タオル代わりにしたり。季節ごとの柄をタペストリー代わりに飾ってもいい。長年培われてきた物には意味や技があると気づきました。ぜひ生活に取り入れてほしいと思います」

職人のプロフィール
あだち・さち 1987年愛媛県生まれ。海外協力隊員としてアフリカでの暮らしを経て、ナカニに入社。のり置き職人のキャリアは約5年になる。

連載「桂天吾がゆく 伝統を受け継ぐ職人たち」
伝統文化の担い手が減るなか、その道に飛び込み、継承しようという若手職人たちがいます。関西で注目の落語家・桂天吾さんが現場をたずね、その思いを紹介します。
鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。