心筋シートの治験に参加した大塚克典さん。プラスチック製品製造会社の社長を務め、「仕事もバリバリこなせている」=静岡県藤枝市で2026年2月16日午後0時14分、荒木涼子撮影

 「普通の生活ができるようになった」。世界初の人工多能性幹細胞(iPS細胞)由来の再生医療製品となる見込みの、大阪大発ベンチャー「クオリプス」(東京都)の心筋シート「リハート」。重症心不全が悪化すれば心臓移植しか選択肢がなかった大塚克典さん(62)は、リハートを使った治験に参加したことであきらめかけていた日常を取り戻すことができた。

 2010年9月、突然激しい胸の痛みに襲われた。カテーテル治療を受け、痛みは治まったが、22年5月に再発。主治医からは「症状が進めば心臓移植が必要になるが、現在の医学ではそれを止めることはできない」と告げられた。慢性的な疲労感や息切れで、仕事に支障を来すことはもちろん、気持ちも沈んでしまっていた。

 だが、すぐに転機が訪れた。その夏に主治医からリハートを使った医師主導治験を紹介されると、二つ返事で参加を決めた。「わらをもつかむ思いだった」

 心不全患者は、人工心臓や心臓移植しか有効な治療法がない重症でも心機能低下の程度が異なる。幸運にも、大塚さんの心機能は治験での効果が見込める段階だった。

心筋シートの治験に参加した大塚克典さん。胸に手を当て「普通の生活ができて何より」と振り返る=静岡県藤枝市で2026年2月16日午前11時54分、荒木涼子撮影

 同年12月には順天堂病院(東京都文京区)で手術を受け、直径約4センチ、厚さ0・1ミリのシート3枚を心臓に貼り付けた。あばら骨の近くから数センチを切る1時間程度の手術で「翌日にはリハビリを始められた」と振り返る。

 直後の3カ月は朝晩10錠程度の免疫抑制剤や抗生物質を飲み、外出を控える必要もあった。だが、徐々に効果が表れ、息切れなどの症状が出なくなるレベルにまで心機能は改善。プラスチック製品製造会社社長として、発症前と同じように出張を連日こなすほどだ。週末には趣味のゴルフも楽しめている。

 定期的な通院の他、自宅のある静岡県藤枝市の病院での週2回のリハビリは欠かせないが、問診や心電図の検査などを含めても1時間程度。体調に波はあるが、「一時はもう長くないと思ったが、今では仕事も存分にでき、生きがいを感じている」と笑顔で語る。

 ただ、iPS細胞を使った治験に不安がなかったわけではない。「不整脈や(iPS細胞の)がん化をはじめ、初めての治験なので何が起こるか分からなかった」と語る。

 それでも参加したのは「治療の手立てがないのなら、他の患者さんのためにも挑戦したい」という思いからだった。手術を受けることが決まってからは、体力を維持しようとそれまでの運動療法にも精が出た。

 条件付きとはいえ、心筋シートの承認はiPS細胞由来の再生医療の実用化にとって大きな弾みになると期待する。「必要とする人に、再生医療がスムーズに届けられるようになってほしい」【荒木涼子】

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