県立千葉聾(ろう)学校(千葉市)の野球部が65年の歴史に幕を閉じた。閉部式では、部員や保護者、OBらが集まり、白球を追った歴代部員の汗と涙の歴史を振り返った。
軟式野球で、中学校に相当する中学部と高校相当の高等部の生徒が活動してきた。1960年創部で、関東聾学校野球大会で8回優勝している。
76年には県高校野球連盟軟式部に加盟し、84年の秋季大会で準優勝。3校連合チームで出場した2024年の秋季大会でも準優勝し、関東大会に駒を進めた。25年に県高野連から功労賞を贈られた。
往時は30人以上の部員がいたが、25年度は高等部3年6人と中等部2年1人まで減少。近年は他校と連合チームを組んで大会に臨んでいた。閉部の方針が決まり、最後の大会となった25年の関東聾学校野球大会では3位の成績を残した。
3月20日に同校体育館で開かれた閉部式で、大塚雄太主将(18)は「野球部を選んで本当に良かった。仲間との絆、努力の大切さ、人への感謝、全てが宝物。千葉聾野球部は心の中で生き続けます」と語った。最後の顧問の藤田正樹監督(43)が「千葉聾野球部は音がないからこそ、仲間と自分を信じなければ成り立たない野球。仲間を信じた自分を誇りに思ってください」と呼びかけた。
式に出席した初代部員の大石淳さん(84)は「全校生徒が草むしりや石拾いをしてグラウンドを作ってくれた。ユニホームもグローブもなく、ミスしたら『下手くそ』とののしり合ったりもしたが楽しかった」と青春を思い出していた。
野球部OBで同窓会長の秋葉吉男さん(66)は「声は聞こえなくても、手話があるし、目と目で会話できた」と振り返る。巨人の長嶋茂雄氏が来校し、ユニホームを寄贈してくれた思い出が鮮明によみがえるという。
式典の後、グラウンドで最後の部員の桜井陽空選手(14)が、マウンドから秋葉さんの構えるミットに目がけてラストピッチングし、部の歴史に幕を引いた。桜井選手は「高校生と一緒に野球ができて楽しかった」と話し、秋葉さんも「残念な気持ちもあるが、最後の球を受けることができて良かった」と笑顔を見せていた。【柴田智弘】
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