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<ホームズは相手がひと言も話さないうちから、相手の仕草によっていくつもの手がかりを得ていた。対話の55%をも占める、ボディランゲージの読み取り方とは?>

カリフォルニア大学心理学名誉教授によると、コミュニケーションのうち、言葉が果たす役割は7%、声のトーンが38%しかなく、あとの55%はボディランゲージが占めているそうだ。

シャーロック・ホームズは外に立っている女性の仕草を見て、「恋愛で悲しみ悩んでいる」と見抜いていた。ボディランゲージはどう読むのか。

イギリスのノンフィクション作家ダニエル・スミスが執筆した『あらゆる問題を解決できる シャーロック・ホームズの思考法』(かんき出版)から一部を抜粋して紹介する。

※第1回はこちら:名探偵シャーロック・ホームズの強み「水平思考」とは何か?...7つの難問でわかる「凡人と天才」の差

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ボディランゲージはコミュニケーションの55%を占める

日々の人間関係において、ボディランゲージの重要性は見過ごされがちだ。

カリフォルニア大学ロサンゼルス校の心理学名誉教授アルバート・メラビアンによると、人と人が直接顔を合わせるコミュニケーションには、基本的に3つの要素がある。言語、声のトーン(聴覚)、非言語メッセージ(視覚)だ。

これを重要度の低い順に並べると、まずは言語(コミュニケーション全体で占める割合は7%)、次いで声のトーン(38%)、そして最後がボディランゲージ(55%)となる。

ボディランゲージにはジェスチャー、表情(「目は心の窓」)、身体の向きや互いの距離、手に持っている物の動き(煙草やペンなど)、さらには汗や呼吸などの身体的兆候も含まれる。

こうした非言語メッセージをうまく読み取り、その結果、自分のボディランゲージを意識できるようになれば、人付き合い、仕事、恋愛、場合によっては賭け事まで、人生のあらゆる場面で優位に立てるだろう。

厳密に言うと、ボディランゲージはホームズのこよなく愛する科学ではないかもしれないが、ここでも彼の熟練の技が光る。なにしろ、相手の仕草を読み取ることにかけては、人間離れした能力の持ち主なのだ。

この才能がいちばん発揮されたのは、依頼人がはじめて訪ねてくるときだった。初対面の相手を観察して、ひと言も話さないうちに結論に達する。たとえば、『花婿失踪事件』では、ワトソンは次のように記している。


 椅子から立ち上がったホームズは、ブラインドの隙間から、すすけたようなロンドンの通りを見下ろしていた。彼の肩越しにのぞいてみると、向かいの歩道に大柄な女性が立っているのが見えた。


 ボリュームたっぷりの毛皮の襟巻をして、くるんとカールした大きな赤い羽根飾りのついた、つば広の帽子を艶めかしいデヴォンシャー侯爵夫人風にななめにかぶっている。その華やかな装いで、女性は身体を前後に揺らし、手袋のボタンをいじりながら、そわそわとためらいがちにこちらの窓を見上げていた。かと思うと、とつぜん、泳いで岸から離れるかのように早足で通りを渡り、ほどなく呼び鈴の鋭い音が聞こえた。

「ああいう仕草には見覚えがある」ホームズは煙草を暖炉に投げ捨てて言った。

「歩道でそわそわしているのは、恋愛がらみだと相場が決まっている。アドバイスを求めているが、事が事だけに、どう話していいのか悩んでいるんだ。

 それだけじゃない。もし男にひどい暴力を振るわれていたのであれば、ためらったりせずに、呼び鈴の紐を引きちぎるものだ。つまり、色恋沙汰ではあるが、あの女性は怒りに駆られるというよりは、戸惑っているか、深く悲しんでいると考えるのが妥当だろう。とにかく、本人に直接会って疑問を解決しようではないか」



『白面の兵士』では、ホームズ(ここでは語り手)がやや込み入った問題について自身の意見を述べる場面がある。相手のボディランゲージを注意深く観察する様子に注目してほしい。


 その紙を見つめる男の顔からは、驚き以外の表情はすべて消え失せていた。


「どうしてわかったんだ?」彼はどさりと椅子に座りこみ、声を絞り出すように尋ねた。

「何でもわかるのが私の仕事です。それを生業としていますから」

 男は深く考えこみながら、骨と皮ばかりの手でむさくるしい顎ひげを引っ張っていたが、やがてあきらめたように肩をすくめた。



基本のボディランゲージ読み取り術

ボディランゲージの解釈は、ひと晩で身につくようなものではない。長い時間をかけて、経験を積みながら磨き上げていくスキルだ。おまけに、時間をかけたからといって、かならずしも正しく解釈できるとはかぎらない。他人を評価する際に、他の多くの要因とあわせて用いる手段にすぎないのだ。

まずは、ボディランゲージを読み取るための基本を学ぼう。

●状況

1つの動作には、いくつもの意味がある。

バーで男性と話をしている若い女性が、しきりに髪に手をやっていたら、無意識に誘いをかけている可能性が高い。だが、就職の面接で同じ動作をすれば、おそらく緊張しているせいだろう。

同様に、腕を組むのは、多くの場合、身を守ろうとする仕草だが、それがイグルー(訳注:氷や雪のかたまりを積み上げて作るイヌイットの住居)の中だったら、単に寒いからだろう。

●文化

地域によって異なる意味を持つ動作もある。

たとえばブルガリアでは、世界の大半の国とは逆に、うなずくのは「ノー」、首を振るのは「イエス」を意味する。

同じく、多くの国で「いいね」を表す"サムズアップ"(親指を立てるジェスチャー)だが、場所によってはとんでもない目にあうこともある(品位を保つために、ここでは説明しないほうがいいだろう)。

●複数のシグナル

いくつかのシグナルとあわせてボディランゲージを読み取れば、解読の精度は飛躍的にアップする。

文章からやみくもに単語を1つだけ取り出しても、意味がわからなかったり、まったく違うふうに解釈したりする恐れがあるのと同じで、非言語シグナルを1つずつ切り離しても勘違いをしかねない。

対話の手がかりとなるボディランゲージ

ボディランゲージの読み取り名人になるには、何をさておき練習するしかない。

自分の動作で何かシグナルはないか、目を光らせると同時に、他人の仕草にも目を向ける。カフェに1時間ほど座って周囲を見まわし、愛情表現、癇癪、煮えくり返る怒り、複雑な駆け引きといった客同士のやりとりを観察するのが一番だ。

ボディランゲージを学ぶ際に役立つヒントをいくつか紹介しよう。ただし、これはあくまで一般論で、けっして厳格なルールではない。実際、相手をあざむくために、故意にボディランゲージを操作する者もいるだろう。ここにあげているのは、ほんの一部だ。

脳は左右で機能が異なる。簡単に言うと、右脳は感情や想像力、左脳は事実や記憶力をつかさどる。相手に質問をしたとき、視線が右に向けば、根拠のない答えを適当に考えている可能性がある。逆に左向きの視線は、事実を検索していることを示す。

視線を合わせるのは、誠実さ、関心、ときには好意を意味する。目を大きく見開くのも、相手に好意を持っているしるしだ。

一方、しきりに瞬きをするのは緊張もしくは興奮。「つぶらな瞳」で上目遣いや流し目をするのは(とくに女性の場合)、自分の弱さをアピールすると同時に相手に興味を持っていることを示す。しばらく視線を合わせてから目をそらすのも、好意のサインかもしれない。

腹の底から大声で笑えばリラックスしているが、唇を結んだ笑みは、何かを隠している可能性が高い。男性が胸を突き出し、肩を後ろに引く姿勢は、敵意を持っているか、そうでなければ女性の関心を引こうとしている。爪を噛む、手が震えている、ペンをいじくるのは緊張。

あごを上げるのは自信の表れ、ときに挑戦的な態度を示す(困っている相手に「あごを上げて=元気を出して」と言うのは、ここからきている)。

腕を組むのは防御。バッグなどを体の前に持ち、相手とのあいだに壁を作るのも同じ。話しながら鼻に触れたり、引っかいたりしていたら、嘘をついている可能性がある。耳に触れるのは、決断力のなさを示す。髪をいじるのは、相手を誘っているか、逆に腹を立てているサイン。

握手ひとつでも多くのことがわかる。両手を使った握手は、相手に信頼されたい気持ちが強い。手のひらを上に向けて差し出すと服従のサイン、下向きにすると、相手より優位に立ちたいというメッセージになる。

座っているときの脚の向き、爪先は関心のある相手に向けられ、興味がないか好ましいと思わない相手のほうには向けられない。

相手のボディランゲージのミラーリング(模倣)は共感、バラバラな動きはその逆を示す。ただし、意識的にミラーリングを行うと、ばかにしていると受け止められるかもしれない。

相手の動作に目を向けているあいだ、向こうも同じようにサインを読み取っているはずだ。ボディランゲージは対話だということを忘れないでほしい。

※第1回はこちら:名探偵シャーロック・ホームズの強み「水平思考」とは何か?...7つの難問でわかる「凡人と天才」の差

著者

ダニエル・スミス(Daniel Smith)
ノンフィクションの作家、編集者、リサーチャーとして活躍。おもな著書に『Sherlock Holmes: An Elementary Guide』『Forgotten Firsts: A Compendium of Lost Pioneers』『Trend-Setters and Innovations』、クイズ本『Think You Know It All?』など。図書館にこもっている以外は、妻のロージーとさまざまな魚たちとともにイースト・ロンドン在住。

翻訳者

清水由貴子
英語翻訳者。上智大学外国語学部卒。おもな訳書に『How to BePerfect 完璧な人間になる方法?』(小社刊)、『初めて書籍を作った男 アルド・マヌーツィオの生涯』(柏書房)、『トリュフの真相 世界で最も高価なキノコ物語』(パンローリング)、『ニール・ヤング 回想』(河出書房新社)などがある。


 『あらゆる問題を解決できる シャーロック・ホームズの思考法』
  ダニエル・スミス[著]
  清水由貴子[訳]
  かんき出版[刊]

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